クルミンシタさんの日記

(Web全体に公開)

2008年
05月27日
06:08

夕刊も配ることになりました。

朝刊の配達で、5時前に終わるのに5時過ぎでないと開かない会社なのか工場なのかがあるのですが、なので、オカリナを吹いて待つ作戦をしているのですが、
今日、そこの守衛さんが、開いたら入れておいてやるよということで、話かけてきてくれました。お願いすることにしました☆

しかし、もう一軒あります。
でも、ここは結構、5時きっかりです。

店の主任に月末二日間、夕刊も配れないかと言われました。配ることにしました。
今後は、週3、月火水で、夕刊も配るようにしたいという希望も出しておきました。

引っ越し後、だんだんと生活が固定してきています。

自由になるということ。

もっと自由になるということ。

昨日の福音朗読の箇所は、金持ちの青年の話でした。

金銭的、財産とかのことでしたが、
それで自由でなかったわけですが、

金銭的だけでなく、響きました。

神父さまの説教もそんなでした。

たとえば、私の場合、
わりと、田舎学校では、オールマイティーに、ほとんど1番でした。
みたいな自分があります。大きな意味で、財産といっていいかもしれません。
などです。

自由になることは、金持ちの青年のように、ラクダのように、
捨てるのは悲しいです。

悲しくない!

市川での日々は、部屋を「修室」と過去日記にも書いているくらいの日々です。
なにが出来るから、みたいな自分ではなく、主の愛を感じる日々であるべきです。
そして、元気に、やれることは惜しまずやります。
みたいな☆

夕刊を週3やれば、経済的に、アクエリアスとかも飲んでいいかなぐらいになると思います。

コメント

2008年
05月27日
06:28

まるこ10の17~27の箇所でした。

何度も読んだことあるほうの箇所です。
でも、昨日、はじめて、

イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた。

と書いてあったことに気付いたくらい、はじめて、そんなふうにその場面を思い浮かべることが出来ました。
その、まなざし。

そして、
この箇所の最後の一文。

「人間にできることではないが、神にはできる。神は何でもできるからだ。」


: