クルミンシタさんの日記

(Web全体に公開)

2019年
12月31日
14:00

19聖家族

12月29日(日) 聖家族

六本木教会7:00御ミサ。

ジョグ。
↓走行記録、コチラで見れます。
https://runkeeper.com/user/kuruminnsita/activity/14310225...

帰宅。

Zzz..。。

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12月30日(月)

適時随時、ロザリオ一環。
いつくしみのチャプレット。

朝清掃パート

雨。

帰宅。バリカン風呂。

Hottie、
練習がはかどり始めている。いろんな微細微妙なオリジナルテクニックが編み出されてくるのであろうようになってきている。

気がついたらもうこんな時間。

Zzz..。。

ーーーー
12月31日(火)

適時随時、ロザリオ一環。
いつくしみのチャプレット。

朝清掃パート

今年は・・、

じつを言えば、いろんな到達点越えを重ねながらテクテクと歩き続けてきた一年だったのだと思う。

帰宅。

あとは、今年は、教皇フランシスコが日本に来るとか、来たとか、帰ったぞー、ありがとー、とかで、自分も同じフランシスコ(アシジ)なので、時折、アシジのフランシスコのこと読み返してみたり考えさえられていたり思ったり実行した・・
こともあったかなあ。。だといいよね☆ な日々だったね(^-^)。

「アシジの聖フランシスコ」(イエンス・ヨハネス・ヨルゲンセン著、永野藤夫訳、講談社)より

 フランシスコはある冬の1日、兄弟レオーネといっしょに、ペルージアからポルチウンクラへ旅をしたが、ひどい寒さになやんだ。フランシスコは先を歩いていた兄弟レオーネを呼び、こういった。

「兄弟レオーネよ、私たち兄弟が全世界に聖性と信心の手本を示しても、完全な喜びはそこにないことを、心して書きとめておきなさい」
 
フランシスコはしばらく歩くと、またレオーネを呼んでいった。

「ああ、兄弟レオーネよ、私たち兄弟が盲人を見えるようにし、手足のきかない人を治し、悪魔をはらい、耳の聞こえない人を聞こえるようにし、中風の人を歩かせ、口のきけない人を話させ、それどころか、死人を四日たって生き返らせても、完全な喜びはそこにないことを、心に銘じなさい」
 
フランシスコはまたしばらく歩くと、大声でいった。

「おお、兄弟レオーネよ、私たち兄弟があらゆることばを話し、あらゆる学問や聖書全体に通じ、将来のことや心の秘密を示すことができても、完全な喜びはそこにないことを、肝に銘じなさい」
 
フランシスコはまた少し行くと、高声でいった。

「おお、兄弟レオーネよ、神の子羊よ、わたしたち兄弟が天使の舌で話し、天体の運行と薬草の力を知り、わたしたちに地上のあらゆる鳥魚獣の価値と力、人間や木や石や木の根や河の特徴が、明示されても、完全な喜びはここにないことを、心に深く銘じなさい」
 
フランシスコはまたもう少し行くと、大きい声でいった。

「おお、兄弟レオーネよ、わたしたち兄弟が話し方をわきまえて、不信の者が全部キリスト教徒に改宗しても、完全な喜びはそこにないことを、よく銘記しなさい」
 
そんなふうに彼は、半マイルも話し続けた。ついに兄弟レオーネは驚いて

「父よ、お願いですから、完全な喜びはどこにあるのかを、教えてください」といった。      
 
フランシスコは答えていった。

「わたしたちはこうしてポルチウンクラへ向かっているが、雨にびしょぬれになり、寒さにかじかみ、道の泥にまみれ、飢えに苦しんで、修道院の門をたたくと、門番が出てきて、腹を立て「だれだ」という。こちらは「二人の修道士です」と答える。するとこうだ。「うそをつけ、追いはぎだろう。うろつき回っては人のものをかすめ、貧者からほどこしをひったくる奴らだ。さっさと行っちまえ!」
 
門番はそういって門もあけず、空腹のわたしたちを外の雪と水と寒さの中に、ほったらかしておく。日が暮れる。そんな時に、わたしたちはそんな悪口や悪意や取扱いに耐え、がまんして怒ったり、不平をならしたりせずに、この門番はわたしたちのことを見通していて、彼にそういわせたのは神である、とへりくだって愛情を持って思う時――おお、兄弟レオーネよ、いいかね、これこそ完全な喜びです。
 
また、わたしたちが戸をたたき続け、門番がでてきて、腹を立てて、わたしたちをあつかましい浮浪人よろしく、ののしったり、なぐったりして、「恥知らずのごろつきめ、らい病人の所へでも行け、ここでは食物も宿もやらんぞ」と怒り、わたしたちはそれをも忍耐と朗らかさと愛をもってがまんする時――
おお、兄弟レオーネよ、いいかね、ここにこそ完全な喜びがあるのです。
 
また、わたしたちが飢えと寒さと夜にせかされて、また戸をたたいて、お願いだから、せめて屋根の下に入れてほしいと、涙ながらに頼んでも、門番はいっそう腹を立てて、「この恥知らずのごろつきめ、分相応の仕打ちを受けろ」とわめいて、棒を持ってとび出し、わたしたちを頭巾をつかんで地面に引き倒し、雪の中を転がし、棒でところかまわずなぐりつける時、わたしたちはそれでも忍耐強く朗らかにすべてに耐え、誉れ高いキリストの苦難を思い、キリストへの愛のために苦しむことが、どんなにわたしたちにふさわしいかを、よく考える時―
おお、兄弟レオーネよ、いいかね、そこにこそ完全な喜びはあるのです」

さて! 年を越すぞ。
緑のたぬきを食べて、

Zzz..。。
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