トクトル

<< 2014年7月 >>

12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031

トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2014年
07月01日
20:04

国の繁栄と栄えは

最近は、ゲリラ豪雨と言われる雨が多々ふるようになった。
この間、三鷹で、雹が降ったと言う。
聖書で、神である主・イエス様は、言う。神は、悪人にも善人
にも同じように恵みの雨を降らせてくださると。
さて、今日は、内村鑑三が書いた。デンマルクの人々と言う小説
から信仰の持つ力と生きる意味について書こうと思う。

1864年デンマークは、ドイツ、オーストリアと戦争し、デッペルの一戦
で敗北を期す。
これにより、良い領土もとりあげられ、デンマークの人々は、悲嘆にくれていた。
ところが、そのような、苦境をものともしないかたがいた。彼の名は、工兵士官
ダルガスと言う人です。
ダルガスは、土木、地質、植物等々の学者で、また、詩人でありました。
そして、彼の祖先は、ユグノー派であったのだそうです。
ユグノー派は、ルター、カルバァンの時代、キリスト教で宗教改革が起き、カトリ
ックとプロテスタントの2派に分かれた時にプロテスタントの集団で構成された党で
スコットランドでは、プレスビテリアン(長老派)、イギリスでは、ピューリタン
、オランダでは、ゴイセン、フランスでは、ユグノーといった党が出来たのですが、
早く言えば、プロテスタントの一派です。
彼らは、なぜデンマークにいるのかと言うならば、1685年の頃信仰の自由を獲得する
為に故国、フランスを追われたからです。
このユグノー派の方達は、熱心と自由、勤勉であり、イギリス、オランダ、ドイツ
で、多くの有利的事業を展開したといいます。
その祖先のダルガスが何をしたのかと言うならば、デンマークの国土の二分の一を占める
人間のエゴや欲により荒廃した砂漠を豊かな大地にする事でした。
彼は、戦争で負けた、怒り悲しみ復讐心を戦いや暴力ではなく。聖書で書いてあるように
剣で持って失った物を鋤を持って取り戻そうとしました。
彼の精神には、預言者イザヤの精神、主・イエス様の精神が宿っていました。
預言者イザヤは旧約聖書に出てくる人物ですが、彼の時代、イスラエル、ユダの神の民は、バビロン捕囚
アッシリア捕囚にあい、絶望的な状況におかれていました。
しかし、最終的には、パレスチナ帰還が実現します。
同様にダルカスのデンマークの地を豊かな大地にする試みが信仰と祈りによりはじまりました。
しかし、シラーが言うように天然には永久の希望がある壊敗は、人の間に於いてみるのだ、と言うことば
の通り、中々物事はうまくいかなかったといいます。
天然の砂漠でしたならば、水をそそげば、沃土となるのだそうですが、人の為に失われた痩せ細った大地
は、そう簡単には、いかない。まず木を植え林を作り、その林に生き物が住み、食物連鎖が起き、大地は、
復興していくのですが、木が育たない。
強梗なる樹木でも失敗しました。
それでもダルカスは、あきらめず、研究し、その研究は子供に受け継がれ、2世代で、ついに、樅の木を
育てる事そして多くする事に成功する。1860年には、15万7千エーカーであった山林が1907年には、47万6
千エーカーに増え、デンマークは、四国を少し大きくした位の国にかかわらず。
日本の総人口の二分の一の人口にも関わらす゛、貿易は、日本の二分の一の経済力を持つにいたり。
牧場、家畜、沿岸の漁業、世界の彫刻でも名をあげ、アンデルセン、キルケゴールなど、優れた文化を形成して
行きました。
これらの元となったのは何でしょうか。
それは、主・イエス様を信じる信仰と自由宗教から来る熱意と忍耐、そして国と人への愛それに加え、主・イエス様
の恵みである。樅の木の不思議な力が加わり、デンマークは、復活しました。
敗戦により、領土の幾つかを取られた小国デンマーク、彼らが教えてくれた事、それは、国の復興に必要な物は
その民の平素からの修養にあり、善き宗教、善き道徳、善き精神があればこそ、内村鑑三が冒頭で挙げた聖書の御言葉
イザヤ35章のレバノンの栄えを喜び叫んだ。聖書箇所と同様に、デンマークも復興をしたと言う事です。
最後に第一コリントの手紙15章12~紹介します。
ところで、キリストは死者の中から復活されたと宣べ伝えられているのなら、どうして、あなた方の中に、死者の復活
などない、と言っている人がいるのですか。
もし、死者の復活がないのならキリストも復活されなかったでしょう。そして、キリストが復活されなかっのなら、私達
の宣教は、実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。それどころか、私達は、神について
偽証をした者ということになります。 なぜなら、、もしかりに、死者の復活はないとしたら、神は、キリストをよみがえらせ
なかったはずですが、私達は、神がキリストをよみがえらせたと言って、神に逆らう証言をしたからです。
もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。

主・イエス様の十字架こそ私達の唯一の救いの道であり、希望です。
: