トクトル

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トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2014年
04月10日
13:05

カインの末裔さえも

 一週間位前、私は、千鳥ヶ淵の桜を見に行った。

北の丸公園には、平日であるのにも、関わらず、沢山の人が、下に敷物を敷き、

春の陽気と、桜を見て、食べて、幸せそうに花見をしていました。

ついこの間までは、天気予報で、東北や北海道は、雪がふると言っていたのが

うそのように。

さて、今日私は、有島 武朗さんが書いた、カインの末裔と言う本から、人がこ

の世で生きると言う事について書こうと思う。

この物語は、極寒の寒い冬の北海道での物語です。

羊蹄山麓の松川農場に来る前、彼にあるのは、女房と赤ん坊に馬一頭だけでした。

極寒の寒い地方の北海道、冬には、マイナス10℃位にもなる時もあり、また、吹雪の時などは、

家がなければ、一夜として生きる事のできないこの地で、彼は馬とたったの3人で、松川農場

まで、命からがらやっとの思いで、たどりついたのだと思います。

しかし、やっと借りれたのは、今で言う小屋たったの2間半だいたい、4m50cm くらいのとても小さな

小屋で、3人で暮らす事となった。

初めの頃は、川森爺が、世話人となり、馬に装備して耕す為のプラハを貸しまた、村の役人である。

帳場に対して、さらに金を貸し酒でも買っていくように、教えてくれる。

だけど、この仁右衛門は、体格がでかく、村のルールや収めるべき物はまったく収めない。

おまけに、村の弱く小柄な佐藤の妻と関係を持ったり、金がたまると博打に手をだし失敗するなど、

ろくな事をしなかった。

でも、そんな彼にも、夢があった。
それは、10年後37歳の頃には、農場の大小作となり、独立を夢みていた。

ただ夢を見ていただけではなく、彼は今に見ていろよと思いつつ、懸命に働いた。

先ず、馬をうり、その後、根雪の時には木こりにいき、雪解けには鰊をとり稼いだ。

そして、ついに、馬と農機具と具種を手に入れる。

だんだん豊かになっていった。

しかし、彼は、相変わらず、粗暴で、乱暴であった。

あるとき、佐藤の子供が自分の農地で遊んでいる事に怒り、佐藤の子供を殴り思い切り殴り、佐藤の夫も

同様に殴ってしまった。

彼は、自分が悪いとは思わない、子供ならば、時に悪気はないけども過ちを犯す事があるのをしっていながら。

彼が唯一後悔したのは、佐藤の妻との心が離れた事だけであった。

いやな事ばかりの仁右衛門だがいいこともあった。

夏物が皆不作であったのにもかかわらず、亜麻が大量にとれた。

しかし、亜麻ばかり作ると問題があり、作物が実らなくなる。

農地を貸す帳場の嘆きにまったく、仁右衛門は耳をかさない。

当時亜麻は、製線所で結構よい値でうれしかも他の地方では、不作であった。

彼は、以前自分がやって来た罪などすっかり忘れ有頂天で、人の事などまったく

おかまいなし、彼にとっての法とは生きる事であった。

そして、居酒屋に入りきれいな女と騒ぎ、冗談をいい、反物屋に生き、モスリンの端切れを買い

ビールを買い楽しんで、寝て起きた時、悲劇が起きる。

目を覚ますと川森爺がいて、真面目な顔をして、赤ん坊が赤痢にかかり死にそうな事をつげる。

彼の顔中の血が、頭の中に飛び退いたような感じがし、酒の酔いもすっかりさめた。

ちょうど、その時に笠井が天理教の護符を持ち祈ってくれるが、赤ん坊は死んでしまう。

彼は、こともあろうに、励ましの声をかけてくれた笠井に対して怒る。

こんな感じだから、自分の子供が死んだのに誰も一緒に悲しんだりしてくれない、いるのは奥さん

と主人公仁右衛門と馬だけ、ご機嫌でかったモスリンの端切れは、汚い馬力の上にしまい忘れていた。

その後、彼は、馬市があり、仁右衛門は競馬に出る。

彼は、裸馬に乗る名手で、自信もあった。

ところがさらに彼に災難がおよぶ、競馬の最中に子供が迷いこみ、その子を助けようとした、

笠井の娘と子供の為に彼は落馬し自分は何ともなかったが、この事で自分の馬の前足を折ってしまう。

こうなると賞金どころか、やっと手にした馬も何の役にも立たない。

そして、彼は怒りそんななか、笠井の娘が乱暴を受けてしまう。この物語では、誰がやったのかわからない

にも関わらず、評判の悪い仁右衛門が疑われ、おまけに作物も出来ない。

困った仁右衛門はせめて馬だけでも売り生計を立てようとするのだが、帳場は足の立たない馬は金を食う機械だと

笑い相手にもしない。

ついには、その愛する馬さえも失う事になり、小作料も値上がりしてしまう。

彼に残っているのは、妻と借金だけだ。

どん底に落ちた彼は、一つの策略を試みる。

それは、自分が函館にいる農場主に小作料の値下げを迫り、力を示して、帳場や笠井よりも村人たちから信頼されようとしたのだ。

しかしその試みは失敗に終わる、彼はその時このように言います。

何という暮らしの違いだ。親方が人間ならば、俺は人ではない。

そして哀れにも村を出ていきこの物語は終わる。

この物語から、私が主・イエス様から教わった事それは、罪とは己の事しか愛さず、また、相手に対しての憐みがない時

に生じるものだと思った。

なぜならば、唯一仁右衛門は彼の赤ん坊やかわいい馬を失った事に対してのみ、苦しんだからだ、自分の愛する物愛する人

を失ったと時のみ、彼は罪という物をしったのではないだろうか。

また、私は以前、罪と罰の本を読んだときに、ルージンという人が、世間の状況が罪をもたらすか否かという事で話をしていた

シーンを思い出しましたが、人々が作る環境その者じたいも、皆が愛国心をもって生きようとしない事により悪がはびこり、

貧富の差が生まれる。この事も間接的な意味での罪ではないのかと思いました。

もし、仁右衛門と妻に愛があったならば、罪を犯さず耐え忍び、自分の力におごらす゛謙虚で、年配者の叱責を受入れた

のでしたならば、彼の赤ん坊がなくなった時、また馬を失って経済的に厳しい時さえきっと最初は親切にしてくれた、川森爺のよう

な人がたくさん側にいて、馬も貸してくれたかもしれない。

そして、お互いを夫と妻の愛も深まり、苦難にある程にその愛は深まり、新たな子供が生まれたかもしれない。

でも、一つだけ私は、彼ら、(カイン)の優れた所があると思う。

それは、聖書でも、神の十戒を授かったモーセとイスラエルの民が荒野と言う何もない所で40年さまよったり、環境の悪い

所で暮らす事も多々ある。

神を信じたからといって、神に従っているからといって、神は必ずとも幸せばかりくださるとは限らない。

ヨブ記のように、人は、神に試されそして成長する事もある。

車の運転に例えるならば、雨や雪の時の運転は、晴れた時の運転よりもさらに大変だ。

カインのような状況で、正しくいきるのは難しいと思う。

でも、私も神を信じる現代のクリスチャンは、神への信頼を持つ事が出来ます。

それは、なぜでしょうか?

その答えは、主・イエスキリスト様の十字架と復活があるからです。

キリストは、悪を行い、日々献金もせず、粗野で自分の事しか顧みない生活をしていた私達をあっさり赦してくださりました。

普通の人でしたならば、何が良い事をする場合、条件をだすのが普通です。

けれども、私達の世界を造り、全ての生き物と星と太陽を創造された全知全能の神、主・イエス様は、ファリサイ派や律法学者達の悪意に耐え、

あざけり、ののしられても、鞭打ちの刑に処せられても、まったく御自身の信念を変えませんでした。

主・イエス様は、私達の罪の身代わりになり、自分が十字架の上で苦しみ、私達が一方的に犯した罪を贖うため、血の代価により私達を買い取る

為に命を懸けて、私達に救いを与えてくださったのです。

だから、使徒のパウロは、こういいます。

ピリピ2、6~キリストは、神の御姿であられる方なのに、神の在り方を捨てる事が出来ないとは考えないで、御自身を無にして、仕える姿をとり

人間と同じようになられたのです。

だから、パウロも私達神を信じる者は、このように宣言できます。

ピリピ1、21 私にとっていきる事は、キリスト、死ぬ事もまた益となるのです。

私達が、自分の力で救いを得られるのならば、私達には希望はありません。

人の罪は重く、祖先の罪の重さは、戦争、戦がない国がない事をみても周知のとおりです。

でも、主・イエス様が私を愛し、主・イエス様が私達の為にいのちを捨てて下さった無条件の愛

神性の愛があるからこそ私達は、こういえるのではないのでしょうか。

あなたの、あなたの、限りないその愛こそ、我ら復活の王にふさわしき、王冠であり、私達の王の証で

あると・・・。


罪を犯し、どうしようもない私達の為に罪の誘惑にひと時も耐える事さえできない私達の為に彼は、

自分のすべてをかけて、私達に救いを与えてくださりました。

私は思います。カインの末裔とは、私であると。

今月は、イースターです。

イエスの復活を祝う、クリスマスと同様に、おめでたい日です。

この祝いの席につける条件資格は、罪人でも善人でもなく、主・イエス様の十字架と復活を信じる人すべての人にあります。

そして、終わりの時に復活し天国へはいる事ができるのです。

死は終わりではなく、嘆きではなく、始まりと喜びへ変わるのです。
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