たけ

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たけさんの日記

(Web全体に公開)

2012年
05月11日
15:21

霊であるみことば

 霊であるみことばによって生まれた人は、霊の人として成長します。
 パウロは、人の霊とたましいとからだの健全のために働き祈りました。

 たましいのプニューマが「(今の)いのち」と訳されているのは、英訳でも同じようですが、私は、「たましい」の意味を聞き取ることが大切であると理解しています。

 ルカの次のところから、霊の人とそうでない人のみことばに対する態度や結果が示されているように読んでいます。

 ルカ9:23 そして、イエスは、すべての人に言った。「だれでも
わたしについて来たいと思う(霊・プニューマ)なら、
自分自身(プシュケー)を拒絶し(霊)、
日々自分の十字架を負って(霊)、
わたしに従いなさい(霊)。
9:24 自分のたましい(プシュケー)を救おうと思う(プシュケー)人は、それ(プシュケー)を失い、わたしのために自分のたましい(プシュケー)を失う(霊)人は、それを救う(霊)からです。
9:25 人は、たとい全世界を手に入れても(プシュケー)、
自分自身を滅ぼす(プシュケー)か、失う(プシュケー)なら、何の益になるでしょう。

コメント

2012年
05月11日
21:06

1: tiroru

プシュケーと言い表しているのは、異文化の故の表現であると思います。
日本人の表現で言い現すならば、どうなるかしら?

実に平易ですが、自我に死に、~~となるのではないでしょうか?
こんな平易な解釈にかえってきてしまった。(´▽`)  失礼!

2012年
05月12日
03:27

2: kiwi

見ること、さわることのできるもの・・・「からだ」については説明できます。理解することもできると思います。
しかし、霊とたましいについて説明することは困難です。理解することも困難です。

霊とたましいはどう違うのか。
霊にはどんな種類があるのか。
動物には霊があるのか。あるとすれば人の霊とどう違うのか。

マタイ 8:32
イエスは彼らに「行け」と言われた。すると、彼らは出て行って豚に入った。すると、見よ、その群れ全体がどっとがけから湖へ駆け降りて行って、水におぼれて死んだ。

人から出て行って豚に入った悪霊共は、豚と共に死んだのだろうか。

霊という言葉は、それが使われている文脈によって判断しなければならないと思います。人間の知識では計り知ることのできないものだと思います。

2012年
05月12日
15:18

3: tiroru

「心の奥に魂があり、その奥に霊がある。」
と聞いたことがあります。

この霊は精神的な努力では、どうにもならないものらしいです。

この深さの霊的存在を知ろうとして、精神の限界を思わされる経験をする人がかなりいる。そうです。

2012年
05月12日
20:39

4: kiwi

ダニエル書 5:18-21です。

神は、ネブカデネザル王に、
国と偉大さと光栄と権威とをお与えになりました。

諸民、諸国、諸国語の者たちは
ことごとく、彼の前に震え、おののきました。

彼は思いのままに人を殺し、思いのままに人を生かし、
思いのままに人を高め、思いのままに人を低くしました。

こうして、彼の心が高ぶり、彼の霊が強くなり、
高慢にふるまったので、彼はその王座から退けられ、
栄光を奪われました。

そして、人の中から追い出され、心は獣と等しくなり、
野ろばとともに住み、牛のように草を食べ、
からだは天の露にぬれて、ついに、いと高き神が人間の国を支配し、
みこころにかなう者をその上にお立てになることを
知るようになりました。



「彼(ネブカデネザル王)の霊が強くなり」
とはどういうことでしょうか。
そもそも、ここで「霊」といわれているのは何なのでしょうか。

「心は獣と等しくなり」とあるので、
獣にも心があることがわかります。
それは、人の心とは違うのでしょう。

2012年
05月13日
11:37

5: tiroru

平易な言葉ですが、
天地創造の時に、人には、神から吹き込まれた霊があります。
われわれと同じかたちに~~~と仰せられた。===私は、この吹き込まれた霊のことだと思います。

悪魔は、地に落とされましたが、人々の心に働いて自分の存在を闇に隠しながら、人の心と思いを堕落させようと働いています。

この世は悪魔と、神の戦いです。(人の心における戦い)
キリスト者は、カルバリのでき事と、主の流された血潮の力によってのみ、悪魔に勝利出来るのです。信仰の戦いです。

悪魔は、あなどることは出来ません。聖書の知識も使います。しかし、聖さがありません。・・・私の考えていることですが・・・

ネットで聖書学院の学びが無料でできます。
「悪魔論」も講義を受けられますよ。その他にも、聖書の学びがありますから、好きな講義をお受けになったらいかがでしょう。お勧めします。

2012年
05月13日
11:49

6: tiroru

BBN聖書学院をネットで検索すると、出てきます。

教派、教団に関係なく学べます。「天使論」から、各聖書書簡に至るまで、一通りですが、便利になりましたね。質問も出来ます。

2012年
05月13日
13:38

7: kiwi

>>5 tiroruさん

解説をありがとうございます。

「彼(ネブカデネザル王)の霊」とは、
神が生まれながらの人間に吹き込まれた霊のことですね。
この霊が強いと、人は自分には何でもできると思い込み、
サタン(蛇)の囁きに耳を貸して、神に背いてしまいます。

神が万物の創り主であること。
これを認めることは、難しいことではありません。

若い時、また、求道中は聖書の学びに熱心でしたが、
最近は、関心が出てきた箇所のキーワードで、
ネット検索し、自分で納得のいく回答が得られたら満足しています。

伝道者の書12:12-14
わが子よ。これ以外のことにも注意せよ。多くの本を作ることには、限りがない。多くのものに熱中すると、からだが疲れる。
結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。

2012年
05月13日
15:12

8: kiwi

>>7 の続き

例えば、霊、  魂、  違いというキーワードで検索すると

質問: 人の魂と霊には違いがあるのですか?どこが違うのですか?

というタイトルのページがあって
http://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-soul-spirit...

を開いてみると、納得できる答えであったりします。

2012年
05月15日
10:15

9: たけ

>>1 tiroruさん
 プシュケーの意味について、最も簡易な英語の辞書には、life,soul,selfとあるので、どれによっても、いくらか理解できることには間違いありません。
 
 パウロが話している時、三階から落ちた青年について、パウロは、「まだ、プシュケーが彼のうちにある。」と言って知らせました。

 このいのちの場合、その意味は、地上のいのちであるに過ぎません。それでも、それぞれの人に最も大切です。

 この場合、いのちで十分意味が通じるではありませんか。と言われるとそのような見方もできます。人の一時点の生死についての話だからです。
しかし、パウロは、霊とたましいとをいつも覚えて生きていたように聞き取ることができます。

 わたしは、みことばで、特に弟子たちの霊的生活において、プシュケーと言われている場合には、生き方について、話されている以上、パウロが話しているように、霊、たましい、からだの区別を見逃さないで、みことばを受け入れるべきであると考えています。

 人がいかに生きるかについて、話されている場合に、「いのちを捨てる」ことは、私には理解できないことであり、たましいを引き渡したり、憎んだりすることは、私の霊が神から生まれていることを信じる限り、私が信じて行なうことができるのです。

2012年
05月15日
14:23

10: tiroru

霊的なことは目に見えませんし、触ることも出来ませんが体験することが出来ると思います。それを他者に理解できるように言葉で表現するのは困難です。

神から人間に対する啓示は、[聖書]と[イエス・キリスト]と[自然界]であったと思います。
霊感という言葉もあります。

聖書のみ言葉から受ける救いの確信、神の愛、感動、慰め、そこに聖霊の働きを知ることが出来ると思います。

信仰によって救われ、神の子とされた私たちは、信仰によって歩んでいます。信仰も目に見えるものではありません。「御霊に導かれる人は、誰でも神の子供です。」(ローマ8:14)。

幼子のクリスチャンは、肉的な信徒といわれます。霊的に成長していないからです。それでも信仰によって救われています。

成長したクリスチャンは、霊的な人と言われます。きよい人でしょうね。

イエス・キリストを信じた時に受け入れた内住の御霊は、私たちをきよめ、満たし、心と生命とを支配し、光を与えて導いて下さいます。これが本当の聖霊です。

心がまず霊的にならなければ聖霊の導きを理解することができないと思います。霊的なことが理解できて、全面的に従い行けたら素晴らしいと思います。

「あなたがたが、あらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように」(コロサイ1:9)

自分の内に住んでおられる聖霊を、真理の御霊を意識して生活することから始めるのが良さそうです。シャローム

2012年
05月17日
13:33

11: たけ

>>10 tiroruさん
霊によって生まれるとのみことばを受け入れ、霊によって礼拝し、霊でありいのちであるみことばが光であることを確認できますことを感謝いたします。

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