クルミンシタさんの日記

(Web全体に公開)

2008年
02月20日
10:47

1Kの「K」はクルミンシタの「K」

急展開といえば急展開、想定範囲内といえば想定範囲内です。

市川に六畳と4畳のキッチンのある部屋を4月から借りてありますが、私の部屋はそのキッチン部分になりそうです。
6畳をそっくりそのまま母にあげます。
体質は私と似ていますので、冬までに、寒くないようにいろいろ工夫、工作しましょう。

大正琴を習いに行っていただきましょう。
バスとか、もしかしたら、私より安く乗れるんじゃないでしょうか。

私は、住まいは、テントのようであって、それこそ思うところなので、これでいいです。
外でいろいろやるから、部屋は、事務所兼ソファーで寝てしまう的でいいのです。

やはり、部屋、一階にしておいてよかったです。
食料の買出し等は、スクーターで私が、すでに調査済みのディスカウントスーパーで買いましょう。これは私のほうが無難です。母は、どちらかというと、かなりお嬢さま育ちなのです。亡くなった祖母ほどではありませんが。
花屋をやっていた経験があります。店にあった花で母の日にプレゼントしたりもしたものです。

今年の枝の主日。
市川教会であづかるつもりでしたが、母と一緒に行きたいですね。
もらった枝、これから住む部屋、壁とかにかけておくことになります。

コメント

2008年
02月20日
11:34

1: -

お母さんと二人暮しをされるのですね。
新しい生活が祝福されますように。

私も20代の中盤から30代初頭までは母と暮らしていました。
しかし、その二人暮しが始まって間もなく、母は乳がんで入院してしまいました。

思えばあの時、もっと母に色々してあげたらよかったな、と後悔してます。あの頃の私は若さに任せて無茶ばかりして、周囲の事を全く配慮していませんでした。

とても悔やまれます。

> 母は、どちらかというと、かなりお嬢さま育ちなのです。
> 亡くなった祖母ほどではありませんが。

なんか、こうゆう辺りが、物凄くお母さん思いな感じが伝わってきます。
同時に全体からどことなく、昭和初期の文豪の香りもします(笑)。

これは狙いでしょうか。( ̄ー ̄)

2008年
02月20日
22:25

ありがとうございます。


狙いはないです。

布石は打っておくほうかもしれません。

でも、狙って打つというより、なんか、これ、あとで使うんだろうな・・
とか感じながらという意味でです。
そう感じるだけで、たいがい、ほとんど即興です。

昭和初期の文豪の香りがします。
はじめて言われました。

どうしよう。。


今は、
「アーメン」という言葉について考えています。
今日、水曜日は私、夕刊配達後フリーなので、四谷の御ミサにあづかりました。それ以来です。

「アーメン」と言う、
人間というものは・・

なんて人間ってものは・・

とか考えています。

同意とかですよね。。


見えるもの、見えないもの。
わかっていること、わかっていないこと。

わかったよ・・。。

アーメン。


私、結婚していないので、この点については想像でしかないですが、
夫婦間での、

わかった・・。

と言うようなとき。

これは、十字架と無縁ではないと思います。


主に

アーメンということも。


などなど、


人間って・・


自由意志や



結婚をするんですね☆


ZZzz。。..

2008年
02月20日
22:36

↑、やばっ。

なに書いてるかわかんない。

いろんなこと考えています。お金のやりくり、日程、段取り、
音楽、楽譜、食料、詩、

音楽のこと考えることの多い今日でした。

詩作で培ってきた、なんというか、考えるということ、深まったり、さらに深まったり、という考えること、
音楽でもそうなってきた感があって、

でも、やっぱ、速弾き、速吹きの特訓は必要だ。
それは必要だ。それからだ。

と、かなり前から思っていて、思っているだけです。

早く、速くやりたいです。
まあまあの時間とかなりの努力と楽しいトレーニングの発明が必要です。

昨今の私にとっての要所です。

2008年
02月20日
22:37

父母を敬う。


ちなみに敬子。

2008年
02月21日
07:29

http://www.h7.dion.ne.jp/~omutabc/christianity06.htmlより。

キリスト教用語で万国共通語の一つに「アーメン」という言葉があります。昔からクリスチャンはよく、「アーメン、ソーメン、冷やソーメン」などとからかわれたものです。ポピュラーな食べ物と並べられるほど、皆によく知られている言葉と言えますね。お祈りの時にアーメンとお祈りすることも、よく知られているでしょう。また、讃美歌にもアーメンが出てくることをご存じの方もおられるでしょう。そういえば、ヘンデルのメサイアの最後に「アーメン・コーラス」がありますね。でも、アーメンって、いったいどういう意味なのでしょうか。
 この言葉はヘブライ語の動詞「アーマン」(確認する、支持する、固く立つ、信ずる)からきた言葉で、「確かに、真実に」という意味があります。それで、説教や祈り、賛美に同意することを表明するために「アーメン」と唱和します。「今の言葉は真実です」、「この賛美は本当です」、「この方の祈りに同意します」、というような表現です。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%A1%...より。

アーメンはヘブライ語で、「本当に」「まことにそうです」「然り」の意味。原意は「安定」である。古代ユダヤ教会では、ラビが聖書の一句を読み、続けて会衆が復唱することで、聖書(丸暗記)教育を施した。が、次第に復唱がめんどうになり、会衆は「アメン!」(そのとおり!)とだけ言うようになった。これがユダヤ教から派生したキリスト教にそのまま受け継がれ、神父が祈りの言葉を言った後会衆がアーメンと言うようになった。 キリスト教において一般に祈りや賛美歌の終わりに置く言葉として使われている。
日本ハリストス正教会の祈祷では、「アミン」と唱えるが、これはギリシャやロシア、ルーマニアなど各国の正教会での祈祷とも共通している。
日本に於いては、慣用的に「アーメン」と記述され、また発音されているが、アメリカ英語由来の発音で「エーメン」もしくは「エィメン」に近いものを用いているプロテスタント系教派もある。
聖書においては3つの用法が見られる。

文頭のアーメン。他の話者の過去のことばを参照するとき。列王記上1:36、ヨハネの黙示録12:20。

独立したアーメン。文章が省略されている補足的な文、例えばネヘミヤ記5:13、ヨハネの黙示録5:14(参照:コリント人への第一の手紙14:16)。

文尾のアーメン。話者に変化がない。詩篇の最初の3巻におけるような「同意」の意味や、新約聖書の使徒書簡に頻繁に現れる頌栄になどに、現れる。




んだ。

だっよ~ん。

マジで。

マジすか!

アーメンすか!

んだ。

だっよ~ん。


動詞からきている結語である澄んだ瞳のむこう


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