トクトル

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トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2010年
08月05日
06:19

復活

この間、私は、祭りに行ってきた。

といっても近所のお祭りでしたが、いつもの場所いつもの

知り合いがわきあいあいとしているのをみると、つながりや絆

はとても大事だとかんじた。

さて、今日は、主・イエス様に祈りトルストイが書いた小説の復活と

いう物語から主・イエスにいのり、信仰生活について、かきます。

マタイによる福音書18:21 主よ、兄弟がわたしに対して、罪を犯した

ばあい、いくたび赦さなければなりませんか7たびまでですか。

22節:イエスは彼に言われた。「私は7たびまでとはいわない。7たびを

70倍するまでにしなさい。」

さて、この物語は、近衛中尉ネフリュードフと、カチューシャの恋愛物語に加味

された、専制的で封建的な社会を風刺した物語です。

世の中の殺伐とした不条理な階級社会に対して風刺した物語でもあります。

最初のこの物語は裁判所から始まる。

カチューシャは、ネフリュードフの叔母の小間使いでした。

彼女は、とても、賢く、斜部気味の目線はスグリのような黒い目をしている

魅力的で知的な女性でした。

フランス語もよめるし、仕事をテキパキとこなし、時間をつくりひまな時には

本をよんでいた。

そんなカチューシャにまだ、幼いネフリュードフは、引かれていく。

追いかけっこや、本などを貸してあげたり、するうちにだんだん引かれていった。

しかし、彼らは、結ばれることはなく、ネフリュードフはさっていった。

そして、3年後、また、ネフリュードフは、叔母の家に遊びにきた。

今度は、軍人になり、たくましくなって。

しかし、この頃、彼は、堕落してしまっていた。

自分の真の自我ではなく、動物的な自我にしたがってしまっていた。

周りの上流階級の人々は、哲学的なことや、節制をして、貧乏人のように生活を

するよりもはでに遊んだり、豪遊した方がほめられたからだそうだ。

そのうちにそんな自分の不快な気持ちを酒やタバコでまぎらすようになり、

堕落してしまっていた。

そんな中、カチューシャとまた出会い、二人は結ばれてしまうのもつかの間で

彼は、慰謝料として100ルーブルを彼女に支払い、さっていってしまう。

カチューシャは、その後、子供を生むがその子も死に、働きにでるが、その美貌

がたたって、男においまわされた結果、生活に疲れ、労働より、楽な快楽の世界

に身をおくようになり、遊女として生活を長くすることなってしまった。

しかしそんな中上記で書いた裁判で、偶然にもカチューシャを捨てた、ネフリュ

ードフと、皮肉にも陪審員として、であってしまう。

正義を行う立場として。

裁判の内容は、スメリコフを毒殺してころした犯人の疑いをかけられ、

彼女は、裁判にかけられてしまう。

しかし、彼女は自分の自身束縛された環境にあり、罪を犯す状況にはなかった

のですが、裁判のほんのわずかな手違いから、シベリアに徒刑の刑をうける。

これらのことが、主人公ネフリュードフの良心を目覚めさせる。

彼女の為に彼女の刑を非合法として、上訴するために、弁護士をやとい、

友の副知事に頼み、刑務所に入ったりするうちに、彼の心は、

慈悲の心にめざめていく。

政治犯や刑事犯達は普通の人達で、むしろ、刑務所の外にいる上流階級にある

もの達の内面的な腐敗や、利得の為に土地を無作為に所有し、農民に対して、

高い税金と安い労働をさせ、政治犯=革命家が生産組合などをつくろうとすると

自分達の利害のために刑務所にいれるこれらが正しい人を罪に到らせていること

にきづく。

そんな矛盾から、以前付き合っていたもの達の利害を第一とし都合のよい法律

に対して、またそのような人たちに対して、嫌悪するようになる。

彼は自分の土地を安く貸し、また与えることにより恵みをうける。主・イエス様

から。

それはどんな恵みかというと、新たなる神の国と神の義を求める心です。

そしてはじめは、彼女を捨てたネフリュードフに対して、怒っていたカチューシャ

でしたが何度も説得し、自分と結婚しようという熱意から、彼女も生活を堕落から

良い生活に変わっていった。

そんななかネフリュードフも、彼女に裏切られたと勘違いするような出来事

や、彼女が最初酒におぼれ、怒りの目で自分を見ることに、負けることなく、自分

の果たすべき義務に固執した考えをもつようになる。

 彼は、自分の生活を犠牲にしても彼女のために尽くす覚悟で、シベリヤヘの徒刑

が決まってからも、カチューシャを、医者の手伝いの仕事にまわしたり、

また移動の際も、刑事犯としてではなく、政治犯と供にするように、根回し

する。

そして、この出来事が二人の心を復活へといざなう。

ネフリュードフは革命家として正義を貫く、わかもののクルイリツォフという

若者を好きになる。

父は幼い頃に死に、母にそだてられ、大学も首席で卒業した。

かれは、大学に残って留学するように言われていたが、一人の娘に

恋して、結婚し、地方の自治体へ勤めようとしていた。

ところが、大学の友人に共同出資をもとめられる。

かれは革命運動としっていて、友に出資し、そして、つかまってしまった。

不運な人です。

はじめは革命家ではなかったのですが、刑務所の無慈悲な処刑に対し、怒り

革命家になった。

テロ行為により、政府の権限を放棄させることを目的としていた。

しかし、皮肉にも信頼してた男に裏切られ、そして、最後は、非凡な死を

遂げた。

このことが、ネフリュードフを義へといざなったのではとおもう。

 またカチューシャも革命家の中で、元は貴族であった、マリア・パーヴロヴナの

人のためにだけ生きる、その姿に尊敬の気持ちを抱くようになる。

そんな中、カチューシャを好きになったものがいた、シモンソンである。


そして、彼ら3人の三角関係は、シモンソンにカチューシャがついていくことで

決着となったが、カチューシャは、最後までネフリュードフを愛していたが、

彼の人生の負担となることを避け、シモンソンと共にいきる道を模索する。

そして、ネフリュードフもそれを知った。

最後は、カチューシャは徒刑から開放される。

彼らの精神も、罪から開放されたことを、抽象的にトルストイは、書こうとおもっ

たのでしょう。

人に恋愛や、また欲望、快楽、などの堕落を経験する。

この物語の者たちは、特に罪を犯している。

しかし、最後、ネフリュードフは、この世の矛盾に対して、聖書にその答えを

求める、その答えは人が人を裁くにしては、人は罪深いものであると言うことで

ある。

互いにへりくだることをしる。

そして5つの戒律をまもることにより新約聖書のイエスの言葉を守ることにより

これらの矛盾を淘汰できると信じられた。

ただ自分の喜びのためにいきるのではなく、神の国とかみの義によりいきること、

そうすれば、その他のものはあたえられる。

われわれが、そのたのものばかりもとめているからそれを見出せないという。

神の義にいきるあらたな出発をする。

そうです。彼は主・イエス様の十字架と復活によって、多くの人達との

出会いによって、かえられたのです。

そして、主・イエス様を信じる人はいつからでも、他人の為にいきることを

自分のためとすることができ、最後永遠の天国へとはいれます。
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