トクトル

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トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2010年
06月08日
00:17

教えについて

教えには2種類ある。

1.主・イエス=神=創造主が、私達に牧師教職を通して語る

2.私達が主・イエス様を求めること私達が主・イエス様に聞く。

といった場合の教え方がある。

1.は教会の秩序を守る上牧師教職がします一般信徒が議題を

作り  一方的に相手に教える行為上から話す行為も教師など

いい場合もありますが、1.を牧師にするようなことはしませ

ん。

  教会の秩序をこわします。神が牧師を通してかたるから

  2.については、私達が、私達の心の病、また問題を

  牧師または、知り合い一般信徒と話し合う時に教える教え

  で、これがとてもリバイバルには、必要です。

  しかしこれを行えるひとは、悔い改めができる人にならな

いとできません。

  

こんなこと聞かれると恥ずかしいとか、誰かに中傷されたく

 ないという気持ち心のイバラが邪魔をするから、人は自分と

神との関係だけとなり、心の闇からうつになっていきます。

   
しかし、何でも人に自分の欠点を話すことが良いとは私は思い

ません。 

   

やはり、主・イエスに祈り、年齢に応じた人や経験豊富な教

職又は、信頼できる
 
  人に話し解決を求めるのも手です。

  私は、以前夢の啓示で、鏡の自分の夢をみました。

  
 夢とかの啓示か、そうではないのかを判断するには、祈り

と、吟味が必要です。

   すぐに忘れてしまうような夢や真理や道徳がない、意味

のない夢、などは、  レム睡眠かもしれません。

   大切なことはその夢が主・イエス様の栄光をあらわすも

のであるのでしたならば  紹介してもよいと私は、主・イエ

スから教えをうけています。

  私がこの夢を啓示として紹介するのは、上記で書いたよう

に、人の欠点とは、

  以外と自分では分かりづらいものだからです。

  その解決方法を紹介します。
 
  それは、相手の叱責を注意して聞くことです。     
   
  箴言の書で叱責を聞かない人は愚かと聖書であるように、

助言をもとめる  ことは、命のパンをうける行為にもあたい

します。

  神殿と黄金のたとえで言うならば、牧師の説教は、よいも

のですが  その人の病は、その人が主・イエスの羊の門に立

ち、門をたたくことで、癒されます。

   

1.を聞くことも大事ですが、主・イエスは、シェバの女王

  がソロモン王にはるか彼方からみことばを聞きにいった

  ように、求めることを望みます。

 2.は牧師にとって一番必要なことで、学びの中て゛も
     
   聖書研究会という形で質問しあうのが適切ではない

   かと思えます。

    牧師同時の学びもよいですが、信徒と同じ目先で話

    合うことも、大事におもえるからです。
  
    羊飼いがイエスとしたならば、牧師も監督者であり、

    その人を守り、そしてその人の心の病をみことばによ

り癒し
      
 

その教会に何がかけているのかを霊的に判断する

訓 練になるからです。

     
  主・イエスの十字架は、サタンの手から混乱を除き

       信じる人を天へと導きます。
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