クルミンシタさんの日記

(Web全体に公開)

2008年
01月26日
07:24

蟻の町


口癖は「ゼノ死ヌヒマナイネ」。
ゼノ神父
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%...


ゼノ・ゼブロフスキー(ゼノン・ジェブロフスキ) (Zenon Żebrowski,1891年 - 1982年4月24日) は、「アリの町の神父」として知られる。
長崎市への原子爆弾投下で自らも被災(被爆)したが、戦後、戦災孤児や恵まれない人々の救援活動に力を入れた。
「ゼノ神父」と呼ばれることがあるが、司祭叙階を受けておらず修道士である。

1890年、ドイツ国境付近の村で父ヨーゼフ、母アンナとの間に四男として生まれた。
その後、第一次世界大戦のおりに軍隊に志願する。除隊後、職を転々としていたが、気まぐれで聞いた教会での説教に影響を受け、コンベンツァル聖フランシスコ修道会に入会。
これは彼が29歳の時だった。
1930年4月24日、そこで出会ったコルベ神父やヒラリウス修道士と共に奉仕と宣教のために来日した。
来日後は長崎でコルベ神父らとともに、布教誌「聖母の騎士」の出版と普及に力を入れた。
ゼノ修道士は全国各地に赴き、その教えを全国に広めた。
コルベ神父が離日した後も、日本に残り活動を続けたが、1945年8月9日、長崎市で被爆した。戦後は戦災孤児や恵まれない人々の救援活動に尽くし、東京・浅草のバタヤ街など全国各地で「アリの町」支援活動を始めた。
口癖は「ゼノ死ヌヒマナイネ」。愛嬌のある白ひげ顔とユーモラスな人柄で、宗派を問わず多くの人に親しまれた。
献身的な社会福祉活動に、1969年に勲四等瑞宝章、1979年に吉川英治文化賞が贈られた。
1981年2月来日したローマ教皇・ヨハネ・パウロ2世は、ゼノ修道士の入院先を訪問し、長年の活動に敬意を表した。1982年4月24日、永眠。


口癖はなんだったのでしょう
蟻の町のマリア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9F%BB%E3%81%AE%E7%94%BA%...

蟻の町のマリア(ありのまちのまりあ)とは1950年代東京都台東区で、キリスト教に基づき献身的な活動を展開した北原怜子(きたはらさとこ、1929年8月22日 - 1958年1月23日)のニックネームである。
“マリア”はもちろん聖母マリアにちなむ。

東京・杉並区生まれ。
群馬大学教授で農学博士・北原金二の娘。1949年光塩女子学院にて受洗(洗礼名エリザベス)。
翌50年に浅草に転居した際“ゼノ神父”ことゼノ・ゼブロフスキー修道士と知り合い、隅田川の言問橋周辺、現在の隅田公園の界隈にあった通称「蟻の町」の事を知る。
ゴミ拾いをし、それで得た資金で蟻の町での奉仕活動を行った。
初めは“良家の令嬢の気まぐれボランティア”と解され周囲から冷ややかな目で見られたが、やがて彼女の真摯な姿勢が認められ、支持者が増えていった。
諸々の奉仕活動での体力的無理が祟り著しく健康を害し、1958年、惜しまれながら腎臓病で夭折。享年29。
墓所は多磨霊園にある。


コメント

2008年
01月26日
14:04

昨日、初台教会で奉献の更新と、教会前歩道橋でSoranosiTap's第一回演奏会(現在、メンバー、私含めて一人の私たち)をしましたが、寸前、20分くらい、近隣の代々木公園でリハーサルをしました。
ちなみに、「ことりのうたの」
ピピピピピ
チチチチチ

チチチチチ
のとこ、
電車の中で、タップにすることを思いつき、それも練習しました。
トゥ(つま先)でどちらかというと後ろのほうでタップして、最後の二回はさらに後ろに引いていきます。
外国人や、四谷で結構みる、信者さんたちが御み堂に入るときにする動作にちょっとイメージを重ねています。
公園を出掛け、ホームレス(たぶん)の人たちに焼きそばが配られていました。というか、すでに配られていて、そういう容器も置いてあって、どの人が配った人、あるいは人たちで、何人いたかわかりませんが、
数えました。全員で16人でした。
私、もう通りすぎるかぐらいのとき、ここでオカリナを吹いたらどうかなと考えていました。

2008年
01月26日
14:21

じつをいうと、こんな風なアイディアは持っています。

オカリナも配ります。
ホームレスの人たちは、時間は、私よりも恵まれています。
オカリナをふいたらどうなんでしょうか。あるいは、なんでもかんでも。
さらに、まだ実験をしていないから、実行可能かどうかは定かではありませんが、七厘でオカリナを焼けるようです。粘土から。
イメージとしては七厘がステキですが、ホームレスの人たち、もっと長けていますので、ドラム缶とか、でやったらどうなんでしょうか。
おにぎり、あるいは焼きそばなどの配膳と、そういうことです。
オカリナは、出来るかぎり売ります。ホームレスの人の収入になります。

さらに、
自分の経験から言うに、大病持ち、高齢でないかぎり、新聞屋で働くことは可能だと思います。

どういういきさつでホームレスになったかは、それぞれ、さまざまだと思いますが、その中の、
仕事や社会に対する、なんというか、自信のなさや、引っ込み思案的な苦手意識、
そういう場合は、自分がそれでしたから、
その場面では、もしかしたら力になれるかもしれません。

最初のほうの手助けをさせていただける可能性はあるかもしれず、

つまり、面接を受けるまでの、
現実的、身なり的問題としては、本気で仕事に就くつもりの人の場合、その時点での必要そうな現金、5000円前後くらいでしょうか。

どこか、1000円で髪を切れるとこ付きのスーパー銭湯と髭剃り。2000円。履歴書と写真とで1000円。シューズ2000円。アン動きやすい、安い、けど、清潔な服。がんばるぞ! の夜のご飯。

6000円前後でしょうか。

新聞屋はありえます。
ほかにもないかと考えます。

2008年
01月26日
14:30

電車賃もですね。場合によっては付き添います。

そういうことで、私のこれからの生活は、清貧を目指しますが、必要なお金を稼ぐために働くことを厭ってはいけません。

気負うことなく、楽しく元気にやりますが。

2008年
01月26日
15:03

目覚ましもかもですね。

2008年
01月26日
15:06

SoranosiTap's第一回演奏会は、たとえば道路工事(なんか、数年前からずっとやってる気がしないでも・・)の人たちとかからのはた目、な~んか男が一人、オカリナ吹いてるぞぉ~ だったわけですが、

鳥が4羽、一緒にピピピピしてくれたのでした☆

2008年
01月26日
15:20

気がはやい・・

セリフまで考えてしまっている私。

「はい。ぶっちゃけ、一万円かかりました。返してくれなくていいです。半年くらい続くようだったら、その時、あなたも一万円、どうにかなるかもしれません、その時、同じようなことしてください。その場合、あなたのほうが、私より説得力があると思います。」

2008年
01月27日
04:22

ぢつはぼくも蟻の町のマリアを読んで憧れた口です。
ゼノさんは日本で聖コルベと一緒だったそうですね。
いづれにしても北原怜子さんが福者に列っせられますことをお祈り致します。

2008年
01月27日
06:39

エレミアさん。

日本は、昔から、クリスチャン、少数の国ですが、
聖人や福者、定義とか列聖や列福の条件、詳しくは知りませんが、
すっごく簡単に言ってしまうと、天国に行った人たちの、生前、程度の違いはあれ、有名であった人たちで、
その発表によって、励みになるような人たちのことですよね、たぶん。

日本は、じつは、歴史が、殉教のすさまじい国といってもいいようです。
ちょんまげの福者とかもいたかもしれません。

私は、水戸黄門の中では、うっかり八兵衛が、
憧れの対象ではありませんが、好きです。

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エレミアさんは聖公会ですよね。

私だけでないかもと思いますが、聖公会のこと、あまり知りません。
エレミアさんの日記から、かいまみさせていただけること、楽しみにしている今日この頃です。

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