パスター菅野

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パスター菅野さんの日記

(Web全体に公開)

2008年
01月16日
15:16

人にはそれぞれ、いえない悩みがある。

私たちは、それぞれ人にはいえない悩みをみんな持っているものではないでしょうか? 人にいえたらその悩みも半減するのに、いえないばっかりに苦しみも倍増します。

しかし、誰でも彼でもいえばいいというものではありません。いった相手がそれに対して「いい悪い」をいうならば、悩みはさらに倍増します。

人にいいたいのに、それをいえる人がいない。

そして、身近な家族、妻や夫、子供や両親にいえればまたそれはそれでいいのですが、近いだけに悩みを打ち明けられないものかも知れません。

そうしたら、その悩みに耐えながら、孤独に生きて行くのか? あるいは、その悩みを見ない、そして、臭いものにフタをするように忘れるようにするのが賢明でしょうか? これらも解決策でないことはありません。

悩みを過大視し、それを現実逃避しようとしたり、あるいは、責任を取ろうとすると、まずは体に反応が出てきます。現実逃避タイプの人は胃潰瘍等になりやすく、また、責任を取ろうとすると心筋梗塞等にかかりやすくなります。

悩みを過大視すると、精神的にもよくありません。うつなどの精神的な病にかかることもあったり、それが悪化すると、人を攻撃したり、自分を攻撃するようになります。そこに解決はありません。

しかし、そうなった人は、誰かを攻撃し、誰かを痛めつけないとその心がいやされないのです。

その怒り、憎しみ、怨念は、あなたの苦しみの身代わりとなったイエス・キリストの十字架に向けて下さい。

これが、解決の糸口となります。

声を出して祈るのです。

そして、イエス・キリストの十字架を心に思い描きながらあなたのやるせない心をぶつけていくのです。

しかし、そうならない前に、神に祈り、神にあなたの悩みを聴いて頂いたらさらにいいのです。

人は頼りにならない、と思っていた方が間違いありません。たとい、頼りになる人がいたとしても、依存症になり、その人なしには生きて行けなくなり、その人が神のようになり、その人の一挙手一投足に振り回され、喜怒哀楽をその人の手に委ねてしまうことになります。

そこで、その人に対して期待に応えてくれなかったからといって非難したり、怒ったり、中傷する事は正しいことでしょうか? その人はあなたの神にはなれないのです。人間はあなたの救い主にはなれません。

救い主はただ一人、処女(おとめ)マリヤから生まれ、人として来られた神イエス・キリストだけです。

このお方だけがあなたの救い主であり、あなたを救い、あなたを助け、あなたの悩みを聴き、それに応え、助けて下さるのです。

人を頼る心を、イエス・キリストに向けてみませんか? イエス・キリストを神とし、一人の人格として、あなたの心に迎え、あなたの心を打ち明けてみませんか?

悩みは、私たちの生涯には付き物です。しかし、たった一人、誰にもいえないままなのか、あなたを助けられる神と共有しながら、解決しながら、楽しみながら生きて行くのか。

その選択はあなたの心が決めるのです。

お祈りしましょう。
「神さま、私はあなたが必要です。私の心に今来て下さい。そして、私の心を打ち明けますので聴いて下さい。イエスさまのお名前で祈ります。アーメン」

あなたによいことがたくさん起こりますようにお祈り致します。
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