ぴろみたん

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ぴろみたんさんの日記

(Web全体に公開)

2008年
01月09日
09:03

2008のぴろみたんの生き方

マタイ、マルコ、ルカの共観福音書は「ニュース」。ヨハネは「ニュースキャスター」。と神学の学びの中で先生が言ってました。なかなか分かりやすい例えで◎。ニュースは事実を伝え、キャスターとしてのヨハネは自分の意見を伝えているという見方で読むとまたまた◎。

ヨハネ神学の学びの中で一番心に留まったのは....

ヨハネ21章....

よみがえったイエス様は「わたしもあなたがたを遣わします。」(20:21)と聖霊を与えますが、ペテロは三度「知らない」と言ってしまって深く傷ついたまま、たとえよみがえりのイエス様に会っても本当の意味で癒えずに宣教には出かけませんでした。

そして漁に出かけます。
どんなに孤独だっただろうと思いをはせます。「人をとる漁師に」と言われて喜んでイエス様についていったペテロが、宣教に赴く事もなく、またこうして漁に出て、そして魚も捕れずにいた....。

そんなペテロにイエス様は、炭火を用意しています。それは火に当たりながら「(イエス様を)知らない」と言ったシーンの再現のようです。深い絶望の中で、もう一度イエス様に赦されるという経験がペテロには必要でした。

この経験を通して、ペテロは、つまずく人も、逃げる人も包み込めるような人物に成長していったんだと思います。そしてこの経験を通してペテロは初代教会の大変な時をまかされる器に変えられていきます。


孤独の中でしか味わえないイエス様の存在
絶望の後でしか分かる事が出来ない希望......

そんなことを思いめぐらした新年でした。

「わたしに従いなさい」
そんな声が心に響いてきて、ちょとびっくりしながら
新しい年にイエス様が私を通してしたいと思っている事に
心を傾けようと思いました。

コメント

2008年
01月09日
09:45

ありがとうございます。
私自身が感じている事をわかりやすく伝える訓練にも
なっています。

涙ながらに読んだ個所ですが、あまり感情的にならずに表現するのもお勉強になりますね〜。

2008年
01月09日
11:29

3: katia

はじめまして。
ちょうど、今私が書いている日記と、
私の心境にピタッとはまり、
じっくり読ませていただきました。

まさにそうですよね~。

絶望を体験した後、さらに幾重にも神様の思いを感じます。
あなたの日記にたどりつかせて下さったのも、
あなたを遣わせて、私に更に癒やしを下さったのも、
神様のご計画ですね。

ハレルヤ!!

2008年
01月09日
18:27

ヨハネ21章はわたしもとても心に響くものが多い箇所です。
最初主だとわからない、でもわかってからはあえて誰も尋ねない。
漁で疲れた弟子達のために食べる物を主が用意してくださっている、
わたしを愛するか、と問われるイエス様、
どれも自分への深いメッセージのように感じます。
ニュースとニュースキャスター、と言われるととてもよくわかりますね!

2008年
01月09日
22:31

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

四福音書をそういう視点から見る見方があるのですね。
一度その視点から通読してみようかな。
いつできるか分からないけど。

2008年
01月10日
00:01

katiaさん

katiaさんの日記読んで
励まされましたよ~。

励まされる経験は、励まされる必要のある状況にあるからなんですよね。

2008年
01月10日
00:04

あかりさん

この箇所私は今まであまり深く読んでなくて
とても新鮮だったんです。
深いメッセージで、ヨハネの福音書って20章まではヨハネが書いて
あとの21章は誰かが付け足したっていいますよね。
でもこの章が素敵な輝きを放っている気がします。

2008年
01月10日
00:07

ごま和えさん

福音書ってヨハネだけちょっと見方が違いますよね。
どうしてなんだろうって思ってたけど、ニュースにたとえられて
なるほど~って思いました。

今年もよろしくです。

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