よい地さんの日記

(Web全体に公開)

2008年
01月05日
20:29

初公園伝道‥不発w(☆o◎)wガーン

今年初めての公園伝道に行きました。
家族全員吉野方面に、行楽に行ったのですが、それを押して参加した公園伝道だっただけに、集まりが悪くて残念でした。
保護者同伴の子ども達が多く、牽制されているようでした。
フラフープなどを使って遊びを勧めたら、何人か集まったのですが、しばらくするとクモの子を散らすように引き上げていきました。
結局お話しタイムには参加者ゼロで、さびしく誰も座らないシートの上で、奉仕者だけで祈り帰りました。

コメント

2008年
01月05日
20:47

主の平安
ざんねんでしたね。
今の時代、悲しいことに、困った事件も多いので、
保護者の方たちからすれば、初対面の方たちは、警戒してしまうのでしょうね。
でも、何度か同じ場所で、知り合うようなことがあれば、
変わってくるのかもしれないですね。
 わたしは子供時代、塾の先生に誘われて、近所のプロテスタント教会の
夏季学校に参加し、よい思い出を作りました。
そのためか、こうした場で、楽しんで投稿できています。
何がきっかけで、信仰につながるかわかりませんものね。

2008年
01月06日
00:45

2: zkabamp

公園伝道、お疲れさまです。
寒空の下でも子どもたちは遊びますね。
本当に牽制されていたら、公園で遊ばせなくするかもしれませんけど、
そうではないと思います。
意見をするのは簡単なことなんですけど、奉仕に子どもと一緒にいる家族が関われば少し雰囲気が入りやすくなるのかと考えました。
それでも、きっかけはたらさんの言われるように分からないですね。

その後、私の家までお立ち寄りくださり、プレゼントを届けていただいて、
ありがとうございました。
プレゼントの使い方に思いをめぐらせています。

2008年
01月06日
01:56

たらさん、ありがとう。
心が励まされました。けっこうクリスチャンになっている人で、子ども時代に教会との何らかのかかわりがあった人は多いみたいですね。
一緒に遊んだ子供たちが大きくなっても、覚えてくれてたらいいなぁとおもいます。
zkabampさん、ありがとうございます。
確かにおっしゃる鳥だと思います。今日の反省会でも出ていました。
実際奉仕者の子どもはといっても小学生以下の子どものいる家がいないですし、中学生は忙しくってこれない場合が多いです。以前教会員の子どもがいたときは、もっとにぎわっていました。これは祈りの課題でもあります。

2008年
01月06日
06:27

子どもは、自分と一番近い人、なんというか、実際の年齢とは必ずしもパラレルしない、精神年齢みたいなものが一番近い人を見つけて近寄るようです。

甥っ子とすごす時間が以前より増えてきましたが、
「そんなの初めて気付いた」
というようなことが多くあります。目線の違いだと思います。単純に、身長差とかでもあります。電車の中だけでも、甥っ子の発見によって、
「そんなの気付いたことなかった」というようなことがありました。
逆説的ですが、たとえば、天井に貼ってある路線図に気付いたのは、伸長の低い甥っ子でした。

路傍伝道。
子どもたちがなにを見ているのか、

とにかく、見ているのですね、きっと。

2008年
01月06日
09:18

クルミンシタさん、ありがとうございます。
子どもの目線、何を見ているか。
これは、同感です。
私も、反省会で、同じ事を進言しています。
でも牧師夫人や牧師子女には、なかなかこちらの意味が伝わっていないみたいでした。私が口下手なもので‥。

2008年
01月06日
21:45

6: -

とにかく、種まきですよね。
種をまいて、すぐ収穫はないかも知れませんが。

大人になってから、クリスチャンになったヒトが、「そーいえば、昔、ミッションの幼稚園だった。」とか言われます。

お話しを聞きながら、祈りが積まれてるのが、感じられます。

それこそ「よい地」に耕す作業だと思います。

神様は、無駄にされませんから・・・。

お疲れ様でした。

2008年
01月06日
21:57

犬の話になって恐縮ですが、愛犬・ボボというのがいました。高校のとき、高校に捨てられていたのを連れてきて、十八年だったか、生きた犬でした。
ボボは、私と母が庭いじりをしているとき、すごく嬉しそうにしていました。
庭いじりにかぎらず、楽しくも一生懸命なにかをしていると喜んでいたようです。
話、そんなにむりやりでもないような気がするのでつなげますが、

子どもたちは、喜びを見ていると思います。

宣教は喜びだと思います。

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