クルミンシタさんの日記

(Web全体に公開)

2007年
12月27日
17:54

聖ヨハネ使徒福音記者の日

今日の福音朗読

ヨハネ20・2―8

[週の初めの日、マグダラのマリアは、]シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちにはわかりません。」そこで、ペトロともう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子のほうが、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。つづいて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所にはなく、離れた所に丸めてあった。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。

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2007年
12月27日
17:57


[週の初めの日、マグダラのマリアは、]シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちにはわかりません。」そこで、ペトロともう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子のほうが、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。つづいて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所にはなく、離れた所に丸めてあった。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。

2007年
12月27日
18:32

教皇ベネディクト十六世の58回目の一般謁見演説
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_mess...より。

・・・「わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(使徒言行録4・20)。
自分の信仰を隠すことなく告白したこの態度は、わたしたちすべてにとって模範と教訓であり続けます。それは、わたしたちが、自分とキリストとの切り離すことのできないきずなをはっきりと宣言し、打算や人間的な利害よりも自分の信仰を優先させるようにいつも用意していることができるためです。

 伝承によれば、「愛する弟子」はヨハネのことです。第四福音書の中で、この「愛する弟子」は、最後の晩餐のとき、師であるかたの胸もとに寄りかかり(ヨハネ13・21参照)、十字架のもとでイエスの母のそばにおり(ヨハネ19・25参照)、最後に、空の墓と、復活した主の現れをあかしします(ヨハネ20・2、21・7参照)。

 わたしたちは、このようにヨハネを「愛する弟子」と同一視することが、今日、専門家によって議論されていることを知っています。専門家のうちにある人びとは、「愛する弟子」はイエスの弟子の原型だと考えます。この問題の解明は釈義学者に任せて、わたしたちは、自分たちの生活にとって重要な教訓を引き出すことで満足したいと思います。すなわち、主は、わたしたちの一人ひとりを、主との個人的な友情のうちに生きる弟子にしたいと望んでおられるということです。

 このような弟子となるためには、外的な意味でイエスに従い、そのことばを聞くだけでは不十分です。イエスとともに生きること、また、イエスのように生きることが必要です。このことは、心からの完全な信頼に満ちた、きわめて親密な関係があって初めて可能になります。こうした関係が見られるのは、友の間においてです。だからイエスはあるとき次のように述べたのです。「友のために自分のいのちを捨てること、これ以上に大きな愛はない。・・・・もはや、わたしはあなたがたをしもべとは呼ばない。しもべは主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」(ヨハネ15・13、15)。

2007年
12月27日
18:33

外典の『ヨハネ行伝』の中で示される使徒ヨハネは、教会の創立者でもなければ、すでに創立された共同体の指導者でもありません。そこで示されるヨハネは、絶えず旅しながら、「希望し、救われることのできる魂」(18・10、23・8)と出会って信仰を伝える者です。ヨハネは目に見えないものを目に見えるようにしたいという、逆説的な望みに駆り立てられます。実際、東方教会ではヨハネはただ「神学者」と呼ばれます。「神学者」とは、神的なことがらについて人びとにわかることばで語ることのできる者、イエスに従いながら神に近づく隠された道を示す者のことです。

 使徒ヨハネへの信心は、エフェソ市で始まりました。伝承によれば、ヨハネはこの町で長い間活動し、トラヤヌス帝の時代にたぐいまれな高齢で亡くなりました。6世紀にユスティニアヌス帝は、ヨハネを顕彰するための大きな聖堂をエフェソに建てました。エフェソには今もその壮大な遺跡が残っています。

 ヨハネは東方教会で大いに崇敬されましたし、今も崇敬されています。ビザンティンのイコンでヨハネは(トラヤヌス帝の時代に死んだという伝承に基づいて)高齢の人として描かれます。彼は深い観想のうちに、人を沈黙に招くかのような姿をしています。

 実際、ふさわしい精神の集中なしに、崇高な神の神秘とその啓示に近づくことはできません。そのため、コンステンチノープルのアテナゴラス総主教――教皇パウロ六世はこの総主教と記念すべき会見を行いました――は、数十年前に次のように述べたのです。「ヨハネはわたしたちの崇高な霊性の源にいるかたです。『沈黙する人びと』は、ヨハネと同じように、神秘的な心の交流を知っており、ヨハネがともにいてくださるように願い求めます。こうして彼らの心は燃え立たせられます」(O・クレマン『アテナゴラスとの対話』:O. Clément, Dialoghi con Atenagora, Torino, 1972, p. 159)。

 主の助けによって、わたしたちがヨハネの学びやに入り、偉大な愛の教えを学ぶことができますように。こうして、わたしたちがキリストに「この上なく」(ヨハネ13・1)愛されていることを感じ、キリストのためにわたしたちの生涯を用いることができますように。

2007年
12月27日
18:44

今日の集会祈願:

聖なる父よ、あなたは使途ヨハネを通して、わたしたちにみことばの神秘を現してくださいました。
この使徒が伝える教えを正しく理解する力をお与えください。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主、イエス・キリストによって。
アーメン。

2007年
12月27日
18:45


「着床」

ベースの奥にはベースがあって

その奥にもベースがあって

落ち着きは奥へ奥へと

そして

すやすやと



2007年
12月27日
18:51

↑、昨日(聖ステファノの日)に書いた詩ですが、
書いた直後から、

二行目、

その奥にもベースがあって

を削除して投稿しなおそうかと考えつづけていました。

教皇ベネディクト十六世の58回目の一般謁見演説の中の、

 実際、ふさわしい精神の集中なしに、崇高な神の神秘とその啓示に近づくことはできません。そのため、コンステンチノープルのアテナゴラス総主教――教皇パウロ六世はこの総主教と記念すべき会見を行いました――は、数十年前に次のように述べたのです。「ヨハネはわたしたちの崇高な霊性の源にいるかたです。『沈黙する人びと』は、ヨハネと同じように、神秘的な心の交流を知っており、ヨハネがともにいてくださるように願い求めます。こうして彼らの心は燃え立たせられます」(O・クレマン『アテナゴラスとの対話』:O. Clément, Dialoghi con Atenagora, Torino, 1972, p. 159)。

を読んで、そのまま続行することにしました。


 主の助けによって、わたしたちがヨハネの学びやに入り、偉大な愛の教えを学ぶことができますように。こうして、わたしたちがキリストに「この上なく」(ヨハネ13・1)愛されていることを感じ、キリストのためにわたしたちの生涯を用いることができますように。

2007年
12月27日
20:54

この内容は、クリスマスにマリアさまのそばで願ったことでした。

はい。ヨハネの学びやに入ります。

さて・・(笑)

2007年
12月27日
22:02

聖使徒福音記者イオアン(ヨハネ)のイコン  
http://www.sutv.zaq.ne.jp/osaka-orthodox/icon/John.htmより。

福音書を書いたイオアン(ヨハネ)は、12弟子のうちの一人で、ゼベダイの子、イアコフ(ヤコブ)の兄弟と紹介されています。
 伝承では、12弟子の中で最も若く、そして一番長命でもありました。イオアン(ヨハネ)伝に出てくる「主の愛弟子」が彼自身と言われています。
 エフェスで長老(神父)として伝道していましたが、ドミティアヌス皇帝による迫害の時に、パトモス島に流刑になり、そこで黙示録を記したと言われています。その後、再びエフェスに戻って福音書を書きました(AD96年頃)。
 深遠で神秘的で精神性溢れる福音書を記した故に、イオアン(ヨハネ)は「神学者」というタイトルをつけられています(正教会では三人のみこのタイトルをもつ)。最も重要な福音書なので、正教会の中では「第一番目」の位置づけがなされています。


♪イオアン(ヨハネ) 

 向かって左手に座しているのがイオアン(ヨハネ)です。後ろを振り向いている姿は、黙示録で啓示を受けた時の様子を想起させます(1:10~12)。その大きさは、それだけで存在感を感じさせられます。その背の曲がり方は、謙遜さを表しています。右手で祝福し、左の手ひらを差し出して神の啓示を教示しています。その小さな口、大きな耳と目は、知恵と注意深さを伝えています。頭が異常に大きく描かれることも、神の知恵が満ち満ちていることを教えます。

♪弟子プロホル 

 向かって右手に座しているのは、弟子のプロホル(プロクロス)です。彼は、七輔祭のうちの一人でした(使徒6:5)。伝承では、初致命者聖ステファンの甥であり、イオアン(ヨハネ)の同伴者となり、その秘書役(筆記者)となりました。このイコンでも、膝の上に巻き物を広げてペンを走らせて、イオアン(ヨハネ)が受けた神の啓示を一言ももらさずに筆記しようと集中しています。イコンによっては、巻き物の中に「はじめに言葉あり」という福音書の冒頭が書かれます。

♪天 

 左隅上にある四分一円が、「天」すなわち「神」を表しています。そこからイオアン(ヨハネ)に向かって光線が出ています。途中で三つに分かれているのは、父と子と聖神の至聖三者の神の啓示を表すためです。

♪足台 

 イオアン(ヨハネ)もプロホルも、足台の上に足を乗せています。これは単にビザンチン時代の写字生の習慣を表すだけでなく、この世の物質的レベルを超越していることをも意味しています。

♪洞窟と岩 

 真っ暗な洞窟は、神を知らない無知と救われてない人間性を表しています。つまり、そこにこそ、救いの福音がもたらされるというわけです。大きくデフォルメされた岩は、それだけ、精神的な目をもってこのイコンを見るべきことを歌っています。

2007年
12月27日
22:52


「涙の天気予報」

リアルに汚いあなたは

ぐちゃぐちゃなので
ぐにょんぐにょんになるでしょう

萎れなければ
涙の雨がすべてを清めるでしょう



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コミュ「へのへのもへじ」日本語ならではの詩投稿掲示板に投稿。

2007年
12月27日
22:55

※↑、あなたと書いてますが、私のことです。

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