トクトル

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トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2009年
07月27日
16:14

白と黒も

昔、日本では古来から日食に関わる逸話があったそうです。

 
それだけ、日食とは、昔の人には、危機的なものや不安を煽るような事件

だったようです。

 私は、観測ポイントには、いかなかったのですが、テレビの日食をみました。

 あたりは、暗くなり、星もみえる、普段当たり前のように昼と夜を見てきている

私にとって日の事実よりも、昼なのに夜のようになることに驚嘆しました。

今は、日食がなぜ起こるのか知っていますが、昔の人から見たならば、不吉なもの

としてとらえられていたのかもしれない。

またこれらのことが、私達が悪い事をしないための戒めとしてもやくにたっていたのでは

ないかとおもいます。

事実日本の逸話の天の岩戸では、天から追い出されるまえ、スサオノは、天を治める姉アマテラス

にいたずらをして、そのいたずらがひどくなり、アマテラスは、岩戸の中に閉じこもったといいます。

最後は、アマテラスは神々により、外にだされたのですが、このものがたりも、日食と関係したものがた

りであったといわれています。
  

さて、今日は、主・イエス様に祈り、私は、白という犬の物語を書こうとおもいます。

白は、隣に黒という友だち犬をもっていた。

白の主人の家には、子供がいて、自分の犬小屋まであり、裕福ないえのめぐまれた犬でした。

あるとき、白が散歩をしていると、印半纏をきた犬殺しが、罠を後ろに隠し、一匹の黒犬を狙って

います。

しかもこの犬は、隣の仲の良い黒犬で、何も知らずにこの犬殺しのパンを食べていました。

白は思わず「黒君、あぶない」と言おうとしたのですが、恐ろしくなり、白は、自分の家に帰ります。

 そして家に帰った白は、自分の家族が自分をどこの犬でしょうと話し合っているのに気づきます。

どうやら、白は、真っ黒になってしまったようです。

主人の子供にいたずらされ、自分の家をでて、白は東京中うろうろしました。

そんな黒になった白が一番嫌がったのは、鏡をみることです。

でも、どんなに自分姿を見ないようにしようとしても、無駄なことでした。

 水溜り、コップ、自動車の車体、しろは、自分が醜い黒になったことを嘆き、公園に逃げ

こみます。

公園の中は幸い、自分の姿を映すものといえば、池の水だけで物音は、白バラに群れるハチの音

だけでした。

しかしそういう幸せさえ5分とつづきませんでした。

道端にでると、また犬の嘆き声がきこえます。

「キャンキャン、助けてくれ!」

今度は、黒犬と犬殺しではなく茶色の子犬と、子供達でありました。

この後、黒犬となった白は、義犬として活躍します。

そしてさいごに、こういいます。

「お月様!お月様!、私は、黒犬を見殺しにしました。

私の体が真っ黒になったのはおおかたそのせいでないかと思います。。

そして、この犬は、罪の告白をすると、自分の家に帰ります。

譲ちゃんも、坊ちゃんも、私の姿を見るときっと又野良犬とおもい

自分をバットで殴り打ちころされてしまうかもしれない。

白は、自分の死を覚悟で、愛する家族のもとに帰りました。

そして、白は、白にもどり幸せにくらしたといいます。

私はこの物語を読んだとき、人は、見かけでものごとを判断しますが、

それわ悪いもの良くないものとかんがえるもそうでないのも、みな人

が創ったものであるということ、をかんじました。

この世でもまだ身分の差格差などがあります。

しかし、大事なのは、その行いであることを今日主・イエスから教わりました。

聖書でも、親切なサマリア人のたとえの中に、行いのない神の祭司と、神の掟

をやぶった民族の親切なサマリア人のたとえがあります。ルカ10:30~

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だからたとえ、醜い黒犬であろうと、白犬であろうと、その行いが正しければ、神の前には黒

も白も関係なく、黒になった白が最後家に帰ったら白にもどったように、教会に行き、

自分の罪を告白し、主の十字架を信じ日々悔い改め、新しいキリストの体をいただくならは゛、

あなたも今からでも、天国へはいれます。
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