クルミンシタさんの日記

(Web全体に公開)

2007年
12月26日
18:24

聖ステファノの日

今日は聖ステファノの日でした。
四ツ谷のイグナチオの昼の御ミサにあずかりました。
御ミサ中、聖ヨセフが赤い鉱物をくださったように思いました。
胸に、ぐにょりと収めてしまいたいと思いました。
夕刊配達後、
コマドリを調べまくっています。
こまどり姉妹も検索してしまったりもしています。
最近読んでいるマリア・ワルトルターの本の一節が思い浮かびました。

ゴルゴダにヨゼフはいなかったので、あがないの協力者ではないというのか。まことに言うが、ヨゼフこそは神の最初の協力者であり、そのために神のみ前に偉大である。その犠牲、忍耐、根気と信仰とのために偉大なものである。メシアの奇跡を見ないで信じた。これ以上の大きな信仰があろうか。
私の養父をたたえたい。彼こそ、あなたたちに最も不足しているもの、純潔、忠実、完全な愛の模範である。

(『聖母マリアの詩(上)』フェデリコ・バルバロ訳編。あかし書房。95pより。)

コメント

2007年
12月26日
18:26

Legend of Rouge-gorge
ルージュゴルジュ(こまどり)の伝説
http://www.eventail.co.jp/chapelle/より。
キリストが十字架に釘付けになるとコマドリがやってきて翼でキリストの涙を拭い、くちばしでイエスの頭のとげを抜き取ったとされ、その時の一滴の血痕が小鳥の胸に落ち、胸が赤いとされている。その時イエスが「お前は私の苦しみをわかちあった。どこでもお前の行くところ幸せと喜びがあるように。お前の生む卵は天空の青色になるだろう。これからは神の小鳥、胸赤のコマドリと呼ばれ、幸福のメッセージの運び手となるだろう。」と言ったといわれている。

2007年
12月26日
18:28

ヨーロッパコマドリ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%...より。
※声も試聴可能☆

特徴的な赤い胸の由来にまつわる話もいくつかあり、その一つによると、かつてヨーロッパコマドリは全身茶色一色であったが、十字架に架けられたイエス・キリストの痛みを癒すため彼の側で歌を歌い(あるいは、いばらの冠を外そうとして)、その際にイエスの血によって胸が赤く染まったという。他にも、煉獄で焼かれている死者に水を運ぼうとして焦げた、煉獄の火を地上に運んできたミソサザイが火だるまになってしまったため、それを助けようとして焦げた、などという話もある。

前述のように、民話や伝承の中でしばしばヨーロッパコマドリはミソサザイと対になって現れる。かつては、それぞれオスのみ、メスのみだと考えられており、「神の雄鳥」「神の雌鳥」として夫婦とみなされていた。また、イギリスではヨーロッパコマドリが新年の魂を宿し、ミソサザイが旧年の魂を宿しているとして、クリスマスや聖ステファノの日(12月26日)に「ミソサザイ狩り」が行われていた。そのため、クリスマスカードやクリスマスの切手によく描かれる。

ヨーロッパコマドリは、繁殖期にはよくさえずり、日中から夕方までさえずる。時には夜もさえずる個体があり、サヨナキドリ(ナイチンゲール)と間違えられることもある。オスの成鳥だけでなく、メスや幼鳥もさえずる。さえずりは「チュリー、チュルチュル、ホイピーホイピーチュリー、チュリリリ、チュリチュリ」などと、長い節と短い節を不規則に組み合わせており、標準的なさえずりというものは存在しない。

2007年
12月26日
18:31

コチラ
http://hphp01.web.infoseek.co.jp/b/theme/robins/i-02.htmのページはワンクリックで、その姿と歌声が聴こえてきて便利です。

オカリナのピッコロですね☆

メシアンの音楽語法
http://www11.ocn.ne.jp/~messiaen/musical_language/chants_...より。

ポール・デュカは言った。”小鳥の声を聞きたまえ。彼らは巨匠である。”
私はこの忠告をまつまでもなく、小鳥の声を嘆賞し、分析し、記譜していた事を告白する。

メシアンの作品に初めて鳥の歌らしいフレーズが登場するのは「昇天 L'Ascension」(1932-1933)の第2曲である(もっとも、ここについては本人は特に鳥の歌であるとは言及していない)。次いで、「主の降誕 La Nativité du Seigneur」(1935)の第2・9曲にもそれらしいフレーズが登場する。このうち後者については「わが音楽語法」の中ではっきりと「鳥の様式による」と記している。これ以降、1940年代には次々と作品中に鳥の歌が取り入れられるようになった。その多くは宗教作品であるが、その中で鳥たちの歌は「神の作り給うた音楽」、つまり天上を象徴するものとして用いられた。メシアンの言葉を借りれば鳥たちは「非物質的歓喜の小さな奉仕者たち」としての役割を担っていた。

2007年
12月26日
18:33

鳥が歌う目的は大きく3つある。

 一つ目は領土的な側面、すなわち、自分の食物や巣、雌、小枝、地域を確保するために歌うというものである。侵入者が不当に領域を占領しようとすると彼らは歌による争いをする。そして所有者がよく歌えば侵入者は逃げていくし、逆に侵入者のほうが歌がうまいと所有者は彼に場を譲ることになる。
 二つ目は性愛の衝動によるもの。なかんずく愛の季節である春には盛んである。若干の例外を除いてはオスがメスを誘惑しようとして歌う。
 三つ目は何の目的も社会的機能も持たない歌。普通、生まれてくる光と消え行く光、つまり日の出と日没に伴って歌われる。この種類の歌についてメシアンが面白い現象を報告している。
「例えば私はジュラ地方で、特別に有能なウタツグミを観察しましたが、その歌は、日没が赤や紫の素晴らしい光彩で非常に美しかったときなど、全く天才的なものでした。しかし、色がそれほど美しくなかったり、日没が短かったりした時、このツグミは歌わなかったり、歌ってもそれほど興味のない主題で歌うだけでした。」 

立派なソロを歌い上げるものは次のような鳥たちである。
ヒバリ (Alouette des champs)
ウタツグミ (Grive musicienne)
サヨナキドリ (Rossignol)
ニワムシクイ (Fauvette des jardins)
クロウタドリ (Merle noir)
ヨーロッパコマドリ (Rouge-gorge)
これらの素晴らしいソリストたちは特に彼が好んだ鳥たちで、曲中にしばしば登場する。

2007年
12月26日
18:33

《実際の作曲への応用》
 メシアンは鳥の歌声をなるべくそのまま用いることも、あるいは逆にこれを手を加えることが出来る一素材として扱い、変形して用いることもあった。

 数としては「そのまま」用いられたほうが圧倒的に多い。もっとも、「そのまま」とは言え、いくつか手を加えられている点はある。まず、鳥の歌声は非常に高い音域であるため、通常の楽器で演奏するには2~4オクターヴも下げる必要がある。また、半音以下の微分音程については廃止せざるを得ない。テンポは非常に速いため、器楽奏者が演奏するにはテンポもある程度落とさざるを得ない。
 更に、当初は単旋律で書かれていた鳥の歌に、1950年代ごろからは次第に和音がつけられるようになってくる。これは元の鳥の歌声の音色に対する配慮の結果で、倍音を積極的に活用してオリジナルの鳥の音色になるべく近づけようとする作業であった(ただ、このプロセスの故にメシアンの鳥の歌が実際の鳥の歌に聴こえないと、いう人々がいるのも確かである)。
 この「そのまま使用」の例として最も有名な作品は「鳥のカタログ」である。この作品中ではある地域の風光の香りや色を表す和声・リズムを背景に、そこに生息する様々な鳥たちの歌声がそのまま記されている。

 一方、後者の例としては「天国の色彩」などが挙げられる。ここで彼は半音以下の微細な音程を再現することが試みられた。そのために1コンマ、2コンマといった微分音程を半音で代用し、これを単位にすべての音程間の尺度を拡大している。この操作によると、実際の半音は1全音や3度音程に拡大される。結果出来上がった音楽は鳥の歌声とはかなり異なったものになるが、ある意味これも「正確」な再構成と言える。


「鳥のカタログ」はコチラ
で試聴できます。
「天国の色彩」はコチラ
http://www.7andy.jp/cd/detail?accd=R0220188から試聴できます。

2007年
12月26日
18:44

こまどり姉妹はコチラ
http://listen.jp/store/album_coca12966.htmで試聴できます。

2007年
12月26日
19:12

微分音
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%AE%E5%88%86%E9%9F%B3より。

平均律において半音より狭い音程のことを微分音程または微分音と呼ぶ。代表的な例として、半音をさらに半分に割った四分音、半音を3分の1に割った六分音、四分音を半分に割った八分音などがある。

アラブ音楽
http://www5e.biglobe.ne.jp/~drgn/music.htmより。
そもそもアラブ音楽って何?? アラブ音楽には西洋には無い音階やリズムがあります。 音階の事を「マカーム」と言い、微分音(半音の半音)などが特徴として挙げられます。 演奏の仕方も面白くて、ひとつのメロディーを全員でユニゾンします。 そもそもマカーム音楽には西洋で言うところの和音という概念がありません。 その代わりといっては何ですが、微妙な音階を意図的にコントロールし、なおかつ装飾音や即興によってメロディーは飾られていきます。 リズムも様々で、西洋音楽に慣れた私たちにとってイマイチ手拍子が出来なくなるようなものが多数あります。 しかし、その独特なリズム体系も馴染んでしまえば大変おもしろいグルーブを伴ったノリの良いリズムとなります。 その、独特な世界を持ったメロディーとリズムが合わさって初めてアラブ音楽の良さが発揮されます。 もちろん演奏家たちによる独奏即興などもアラブ音楽には無くてはならない要素となってます。 その即興演奏と中東舞踊の音と体のユニゾンも観てて楽しいアラブの要素かと思います。

2007年
12月26日
19:16

ユニゾン【unison】

音楽で、同じ高さの音。また、そのような音や旋律を、複数の声や楽器で奏すること。広義には、オクターブにわたる音も含める。

2007年
12月26日
19:25

[marquee=left]教皇ベネディクト十六世の79回目の一般謁見演説
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/newpope/bene_mess...より。


ステファノの物語はわたしたちに多くのことを語ります。たとえばそれは、愛のわざを行う社会的な務めと、信仰を勇気をもって告げ知らせることを切り離してはならないことをわたしたちに教えます。ステファノは何よりも愛のわざを行うよう委ねられた七人の一人でした。しかし、愛のわざを宣教と切り離すことはできませんでした。こうしてステファノは、愛のわざによって、十字架につけられたキリストを告げ知らせ、ついに殉教を遂げるまでに至りました。これが聖ステファノの姿からわたしたちが学ぶことのできる第一の教訓です。すなわち、愛のわざと宣教は常に一緒に行われるということです。
 聖ステファノは何よりもわたしたちにキリストについて語ります。十字架につけられて復活したキリストは、歴史とわたしたちの人生の中心です。十字架は、常に教会生活の中心であると同時に、わたしたち個人の生活の中心でもあり続けることを、わたしたちは知ることができます。受難と迫害は教会の歴史の中でなくなることがありません。そして、テルトゥリアヌスの有名なことばによれば、迫害こそが新たなキリスト信者のための宣教の源泉となります。テルトゥリアヌスのことばを引用したいと思います。「あなたがたがわれわれを刈り取れば、その都度、われわれの信者は倍加するのである。キリスト教徒の血は、種子なのである」(テルトゥリアヌス『護教論』50・13:Plures efficimur quoties metimur a vobis: semen est sanguis christianorum〔鈴木一郎訳、『キリスト教教父著作集14』教文館、1987年、117-118頁〕)。
 しかし、わたしたちの生活の中でも、十字架はなくなることがありません。そしてこの十字架は祝福となります。そして、十字架を受け入れることによって、すなわち十字架が祝福となること、また祝福であることを知ることによって、わたしたちは困難な時にもキリスト信者の喜びを学びます。あかしの価値はかけがえのないものです。福音はあかしへと導かれ、教会はあかしによって養われるからです。聖ステファノは、わたしたちがこの教訓を大事にするように教えます。ステファノは、わたしたちが十字架を愛するように教えます。十字架は、キリストが常に新たにわたしたちの間に来るための道だからです。

2007年
12月26日
20:48

コマドリは、もちろん、いろんなところにいると思いますが、イギリスでは国鳥で、かなりスズメのようだと思われます。はじめてイギリスに行ってみたく思ったりしました。
日本では、
私、住んでいるところの光が丘公園(公園には住んでいませんが)。コマドリ 東京 で検索すると、結構出てきます。スポットなのかもしれません。
でも、
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/yume/CK200704270...より。
2007年4月27日
 東京都練馬区の光が丘公園で20日、夏鳥のコマドリに出会った。薄暗い林の中でオレンジの胸と顔が鮮やか。春の渡り途中に立ち寄り、体力を回復し山の繁殖地に向かう。今年は3羽が16日から5日間滞在。ほぼ毎年訪れるという。都心の緑はオアシスなのだろう。
 「ヒンカラララ」の美声はウグイス、オオルリとともに日本三鳴鳥。英名ジャパニーズ・ロビンは英の国鳥ロビンから。全長14センチ。
(写真と文・堀内洋助)

***
光が丘公園にかかわらず、鳥が多いというのが、私住んでいるところのあたりの特徴です。
コマドリ。
今の季節、いるのかなぁ・・

2007年
12月26日
20:57

コマドリは、もちろん、いろんなところにいると思いますが、イギリスでは国鳥で、かなりスズメのようだと思われます。はじめてイギリスに行ってみたく思ったりしました。
日本では、
私、住んでいるところの光が丘公園(公園には住んでいませんが)。コマドリ 東京 で検索すると、結構出てきます。スポットなのかもしれません。
でも、
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/yume/CK200704270...より。
2007年4月27日
 東京都練馬区の光が丘公園で20日、夏鳥のコマドリに出会った。薄暗い林の中でオレンジの胸と顔が鮮やか。春の渡り途中に立ち寄り、体力を回復し山の繁殖地に向かう。今年は3羽が16日から5日間滞在。ほぼ毎年訪れるという。都心の緑はオアシスなのだろう。
 「ヒンカラララ」の美声はウグイス、オオルリとともに日本三鳴鳥。英名ジャパニーズ・ロビンは英の国鳥ロビンから。全長14センチ。
(写真と文・堀内洋助)

上野動物園の鳥のコーナーにいるようです。赤というよりオレンジですね。

http://www.kahaku.go.jp/magazine/backnumber/backnumber.ph...より。

 上野動物園の表門を入ってすぐ左に「日本の鳥 展示室」という建物があり
ます。中はトンネルのようになっていて、片側にガラスで仕切られたジオラマ
風のブースがいくつかあり、その中で日本に生息する野鳥が30種ほど飼育さ
れています。また、もう一方にはベンチがあり、冷房も入っているので、気に
入ったブースの前で、野鳥の行動をじっくりと観察することができます。
 
 主な種類は、カワセミ・ウグイス・コマドリ・クロジ・コルリ・キレンジャ
ク・アトリ・ジョウビタキ・ルリカケス等で、身近なものから、都会では見ら
れないものまでバラエティに富んでいます。

****
たぶん、いますね。

2007年
12月26日
20:59

正直、
めっちゃかわいいのではないでしょうか。

2007年
12月26日
21:03

いつか、1枚でも写真が撮れたら、
キャンドルス野鳥の会を開設させていただく所存です。

2007年
12月27日
07:01

セキセイインコの心拍数が300~500回/分なようです。コマドリもそのくらいなのではないかと思われます。
リズムと心拍数は無縁ではないでしょう。

もし、楽器で人間が再現するなら、それは、ムリくさいし、不自然な演奏でしょう。
スローにしたら、それは全然違うものでしょう。

私は健康診断のとき、洞性徐脈でひっかかりがちですが、今年、つっこんで聞いてみたら、スポーツ選手に多いそうです。徐脈というのは心拍数が毎分60以下であることを言います。遅いということです。
これは、作曲にも無縁ではないと思われます。

たとえば、iポットとか、昔だったら(個人的には、つい最近まで)、カセットとかに好きな音楽を入れたりするわけですが、私の入れ方は、ジャンルとか、アーティストとか、あまりこだわりはありません。なんか、いいのを入れます。
で、ある人に、
「全部、同じリズム」
と言われたことがありました。
たしかに、ほとんど、かなり単調なリズムの、ほとんどが同じのばかりであることが判明しました。
そして、リズムで、なんかいい、と思っていたんだということがわかりました。

それは、テンポ、
メロディーラインのテンポとかのことではありません。
なんというか、歌詞のテンポが速くても、なんのこと言ってるのが自分、音楽の素養がないので言葉がわかりませんが、テンポが速くても、リズムが遅い場合があります。ラップとか聴くと、そう思うことがあります。
逆も然りです。

メロディーとリズム。

やはり、音楽や作曲をするにあたっては、歩いたりしながらの鼻歌の音楽さを忘れないようにしたいと思いました。
歌は歩いているようだし、走っているようだし、

考えだすと、急にむずかしく感じますが、
歩いたりしながらの鼻歌の音楽さを忘れないようにしたいと思いました。

2007年
12月27日
07:11


「着床」

ベースの奥にはベースがあって

その奥にもベースがあって

落ち着きは奥へ奥へと

そして

すやすやと



****
コミュ「へのへのもへじ」詩の投稿掲示板に投稿。

: