トクトル

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トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2009年
07月01日
13:02

本当の頂上には

今年の6月は、雨がとても多い。

多分晴れたのは、4~5日位であっただろうか。

でも、雨の恵みがなければ、穀物は育たない、見方を変えると、雨

は、カエルや、魚類にとっては、恵みの雨だ。

私もどんな状況でも、神に感謝できるものでありたい。

さて、今日は、主・イエス様に祈り、三浦 雄一郎さんのことについて、

書こうとおもいます。

私は、この人のことをよくは、しらなかったのですが、最近新聞やテレビで

でてきていたので興味を持ちました。

彼は1932年青森県生まれで、北海道大獣医医学部卒で、富士山頂から始まり

世界7大陸最高峰のスキー滑降をしたひとです。

85年に世界7大陸を制した、三浦さんは、一旦大きな目標を失い、大好きな飲み食い

に明け暮れるようになったのだそうです。

毎日なんやかんや食べ、週一度は、大ジョッキのビール5杯に酒と1㌔のジンギスカン

今まで、つらく過酷な目標をもって、時に高山病や不整脈、また雪のなだれなどの恐怖と戦って

きた三浦さんにとって、それは至福のひと時のはずでした。

普通の人ならば、退職してお金があるのならば、孫の顔でも見ながら、好きなことをして死んで

いくことを望む中彼はちがった。

亡き父の敬三さんや息子豪太に刺激をうけ、70歳で2度のエベレスト登頂を果たす。

その過程は過酷なもので、途中不整脈に苦しみときに計測不能に陥ったのだそうです。

心拍数は30、普通登山では100はなければならない、それに、下痢に歳からくる疲労、

それにも関わらず、彼は、下山を考えずにまず4240㍍のペリチェという診療所に着く

この時不思議なことがおきた。

その医師が冒険家の三浦をしっている医師で、彼の頑強さを知っていたので、彼は下痢

止めをくれこういったのだそうです。

「エベレストを滑った三浦さんならなんとかなる、頑張っていってらっしゃい。」

もしかしたら、神の導きであったのかもしれない。


普通の医師ならば、上記の現状を聞いたならば、下山を勧めるはずです。

死んだら責任を問われるから。

それにいってらっしゃいという言葉は、大概帰ってこれるひとに語る言葉でもあります。

20代~30代の人でもたどり着くのは困難な世界一高い山そんな山に登らせたい

としたならば、もっとも安心できる言葉は、いってらっしゃいだと私は思った。

聖書で、主・イエスは信仰ということについてこう示唆しています。

マタイ17:20イエスは言われた。「あなたがたの信仰が薄いからです。まことにあなたがたに告げ

ます。もし、からし種ほどの信仰があったら、この山に「ここからあそこに移れ。」といえば移るのです。

どんなこでもあなた方にできないことはありません。

私達は、歳をとると、体の限界を自分で決めてしまい、歳をとったから、体力的なことはできない

という人多々います。

それと同じように罪に対して、また、自分の限界を自分で決め付けることがおおくあります。

インド哲学の源流バラモン教では、宇宙中心の生命と個人中心の生命は究極に於いて一致するといいます。

聖書でも、私達人間は、被造物として創られたといいます。

だから、父なる神のように、人に親切にしたり、愛したりできるわけです。

2008年75歳でエベレストを登った彼の理由は、一度目は、快晴でなかったからだといいます。

そして、これも神様からのプレゼントだったのでしょう。

山頂は見事な快晴であったといいます。

さて、主・イエス様は、私達の為に十字架にかかりました。

 その前登山施設も何もない登山道具もないなかで弟子を連れ、ゲッセマネの園まで行き、

全人類の為にいのりました。

 自分が全人類の救い主であることを自覚なされていたのですが、いのり深く恐れもだえながらこう

いいました。「アバ、父よ!あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯

を私から取りのけてください。

主・イエス様は、世界の創造主でした。

 神でありながら人として降りてこられました。

それはヘブル5:15私達の大祭司は、私達の弱さに同情できないかたではありません。

罪は犯されませんでしたが、すべての点で私達と同じように、試みに会われたのです。

 だからこれを読んでいる人に主・イエス様が信じるだけで備えてくださる天国という

山を目指してはみませんか。

この山を到達した人には、主・イエスの十字架にたどり着いたものには永遠に消えない

絶景があたえられます。
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