トクトル

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トクトルさんの日記

(Web全体に公開)

2008年
11月15日
22:32

祈りとは、

今日は、とてもいい天気でした。
朝になると、私の近所の公園では、今紅葉がきれいだ。
イチョウの木には、まだ葉がたくさんある。
さて、今日は、主・イエス様に祈り、祈りの種類について、書こうとおもいます。
まず、主・イエス様は、よく聖書でこういいます。

あなた方に平安がありますように。これは、自分の悩みや

問題を解決する祈りではなく、人の幸せを祈る祈りです。

待つということは、必要ありません。
私は、信じ始めの頃まだ主・イエス様が本当に存在するのか
悩んでいました。なぜならば、神は、見えないからです。
そこで、私は、主・イエスに、2つの願いごとを願いました。
主・イエス様がいるのならば、かなえてくださいと。

そして、2つの願いは、半年ぐらいして、ある日突然叶いました。
なぜ、こういうことがあるのかというならば、旧約で、モーセが、シナイ山にのぼり、証の板と神の指で書かれた石の板を取りにいったとき、彼らは、モーセを待ちきれずに、
代わりに金の子牛を造りました。出32
だから、主・イエス様は、信じて主を待ち望むことをもとめます。
私達が罪びとの性質をもっているので、主・イエス様は、私達を試すこともします。
試練もあります。
しかしこれは、親が子を戒めず好きほうだいさせれば、
その子は、悪い子になるように、主・イエス様は、自分の子をお叱りになることもあります。
詩篇77:12では、私はあなたのなさったすべてりことに

思いを巡らし、あなたの御技を静かに考えようとあります。

また主・イエス様御自身も祈るときにゲツセマネで、血の汗を流し、祈りました。
祈り待ちのぞむならば、主を待ち望むならば、そのとき私達と主・イエス様の意志は一つとなりインマヌエル神が友として共にいてくださいます。
主・イエス様の十字架を信じたときにあらゆる罪から守られ、信じるものに永遠の命が与えられます。
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