山上の説教で、義に飢え渇く人に、幸いである、その人は満ち足りる、と約束されています。
この満ち足りることは、この世のものによる満足ではないので、続いて、義のために迫害される人は幸いです。と約束されています。
みことばが示してくださっている神の義は、パリサイ人の義(自分の義や人に見せる義)にまさるものでなければなりませんでした。
神の義の実現は、まさに、あわれな罪人をしっかりと神の岩の上に建て上げるものです。
そのために、あわれみと愛が注がれ、古い人を滅ぼし、御霊の九つの実を結ばせます。それは、ゆたかな流れのように、みことばを受け入れる人の心を満たして力を現わします。
神の御前で価値のあるもので満たされ、それを保つ人は幸いです。