ハレルヤ!!!!神様の聖なる御名を崇めさせて頂きます。
数日もの間、苦しいところを通らされて、
昨年から導かれている静聴を
徹底的に仕込まれていた・・・・。
どうしても、自らの思考に固まってしまうと
余分な枝葉が茂ってしまい、煩いがちになり
今回は、それらすべてが剪定された・・・・・。
クリスチャンであったとしても、世の中の影響を受けないわけにはいかないが
それにより思考に影響を及ぼしていかないためには
「神様に聞く」という心の姿勢を
徹底していかなくてはならないことを
心と身体に教え込まれていったように思う・・・・・。
今回の経験を通して
神様の裁きのものすごさと
地上に生かされている限り、
その捌きから逃れるものは誰もいないことを
認識させられたように思う・・・・・。
だからこそクリスチャンは、
霊、肉、魂の健康管理を徹底して
いかなくてはならない・・・・・。
今、一番クリスチャンにとって大切なことは
「我に聞け、そして生きよ。」と言われる
神様の御声を拝聴する姿勢を整えていく事であると思う・・・・・。
今までは、自分の側から話すという祈りの姿勢を
少しでも「聞く」という姿勢にシフトしていくという事は
この混迷した騒がしい世の中においては、
自覚する事さえ、難しいように思える・・・。
相手の語る言葉を深く理解しようとする
姿勢に乏しいのが現代社会であるからである・・・・・。
言葉が氾濫しているあまりに
言葉の持つ恐ろしさや、重みに欠けているように思う・・・・・・。
自らにおいても、気をつけないといけない点だけに
「神様に聞く」という心の姿勢は、今、本当にクリスチャンにとって重要であると思う・・・・。
この時代において、ますます倒れられる方々は多いと思う・・・・・。
信仰による霊性が開かれていないだけに、より一層
心と身体の両面において
いつなんどき、誰が倒れてしまうか本当に分からない・・・・・。
倒れたときに、何にすがるのか、何を頼るのかが
生命の分かれ目であると思う・・・・・・。
心と身体の両面が危機的な状況に陥ったときこそ
ぎりぎりの状況においてこそ 「その人となり」が現れていくと思う・・・・・・。
これから、ますます厳しくなる一方の
神様の裁きを思う・・・・・・。
このような困難を覚える時代において
人々の 霊が救われていく事がきわめて困難であるように思う・・・・・。
信徒の方々は、今こそ
「神様に聞く」という心の姿勢を徹底するように
お願いしたいものである・・・。
人々の救いの為の祈りによるとりなしも困難に思えるほどの
神様による厳しい直接的な御取り扱いの時代に
はいってきているだけに
「神様に聞く」という心の姿勢を徹底するようにしていかなくては、信仰がとても持たないように思う・・・・。
本当に厳しい時代である・・・・・。
栄光は神様のみが相応しい・・・・。
アーメン。
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