幼い子供達のための教会学校は何のためにあるのか。
教会学校の教師を依頼されてから、ずっとひっかかっていた。
まだ世界がお父さんとお母さんとくらいしかない子供達に、なぜ神様のことを教えるのだろう、と思っていた。子供達が幼い声で元気よく「イエスさま!」という言葉を聞く度に、ごめんなさいと思った。子供達の吟味する時をわたしは奪っているのではないかと恐かった。
押し付けてしまってごめんなさい。一方的でごめんなさい。。。
ある日、同じ教師の方が言った。
「明日、この子は死んでしまうかもしれないんだよ。僕はそう思って子供たちに神様を伝えてる。」
そうか、と思った。こどもだからと、未来が長くあると約束されているわけではないのだと。はっとした。神様を知らずに命を終えてしまう恐怖を思った。何て浅はかな。自分が恥ずかしかった。自分が救われることばかり考えているわたし。他人の救いをこころから祈ったことはあるのか。
その日、わたしは初めてこどもたちの救いのために神様に祈った。
教師をして2年目が、今、終わろうとしている。
コメント