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よなさんの日記

2010年
03月05日
00:37

教会学校

幼い子供達のための教会学校は何のためにあるのか。

教会学校の教師を依頼されてから、ずっとひっかかっていた。
まだ世界がお父さんとお母さんとくらいしかない子供達に、なぜ神様のことを教えるのだろう、と思っていた。子供達が幼い声で元気よく「イエスさま!」という言葉を聞く度に、ごめんなさいと思った。子供達の吟味する時をわたしは奪っているのではないかと恐かった。

押し付けてしまってごめんなさい。一方的でごめんなさい。。。

ある日、同じ教師の方が言った。
「明日、この子は死んでしまうかもしれないんだよ。僕はそう思って子供たちに神様を伝えてる。」

そうか、と思った。こどもだからと、未来が長くあると約束されているわけではないのだと。はっとした。神様を知らずに命を終えてしまう恐怖を思った。何て浅はかな。自分が恥ずかしかった。自分が救われることばかり考えているわたし。他人の救いをこころから祈ったことはあるのか。

その日、わたしは初めてこどもたちの救いのために神様に祈った。

教師をして2年目が、今、終わろうとしている。

コメント

1番~4番を表示

2010年
03月05日
03:59

そうか、と思った。こどもだからと、未来が長くあると約束されているわけではないのだと。はっとした。神様を知らずに命を終えてしまう恐怖を思った。何て浅はかな。自分が恥ずかしかった。自分が救われることばかり考えているわたし。他人の救いをこころから祈ったことはあるのか。

すごく深いですね。福音は生きているもののためにある。
きょうあって明日炉の中に投げこまれる花でさえ、神は
装ってくださる。

生きていて、神を知る時、神の装いを感じます。
人は、鳥よりも野の花よりも優れた存在だと言うことを
教えられます。

私の場合は、婚活中っていうのもあってか・・・
将来の家庭像を日曜学校から汲んでいます。
こんな家庭、こんな子供・・・などと・・・

2010年
03月05日
23:33

2: よな

神の装い。。
この、生きるというところに、神の装いがどれほど施されているのか。わたしも知っていきたいと思います。

この身を献げる前に、神よりいのちを差し出され、
伝える前に、みことばが与えられている。

教会学校の教師とは、いったい何なのでしょうね。

2010年
03月07日
10:02

3:

>>2 よなさん

私は、教会学校で育ちました。 讃美歌も、説教も、何にも解りませんでしたが
耳に残ったことが、後で解って来ました。 特に讃美歌は、今でも役に立っています。  内容が正確であれば、喋っている本人がどれほど理解しているかは
心配ないと思います。 今私は、幼稚園の先生は思い出しますが、日曜学校の先生は思い出せません。 宣教師の顔は、外国人だったから少しおぼえています。

2010年
03月08日
22:44

4: よな

ojisannさんの耳に残ったように、教会学校はそこに集うこどもたち一人一人に何らかの影響は与えるものなのですね。そして、教師はそれを助けるものだと。

自らのカリスマ性を高めるのではなく、ただただ神のみを伝えていく。

わたしも、顔を忘れられても耳に残るような接し方をこどもたちにしていきたいなあと思います。

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